#30 みんなでフライドジキ
沙野の考えた、校舎のなかにビオラを飾るという提案は、とても喜ばれた。だけれど、正直それどころじゃなかった。
二人は異世界が心配だった。もうすぐこちらも冬になる。冬になれば雪が積もって、園芸部の外活動はいったん中止になる。
というわけで冬になった。外は雪が降っている。数学の先生が淡々と授業するのを聴きながら、有菜はグラウンドの園芸部の活動場所をチラッと見た。既に雪の置き場になっている。
放課後、校舎に置いたビオラに水をやりながら、有菜は沙野と「異世界どうなってるかな」という話をした。
「じゃあこっそり行ってみる?」
沙野の大胆な提案。
「いいね。行ってみよう」
というわけで、高校生らしくコートを着ない制服とタイツだけの服装で、二人は異世界に向かった。
異世界――エケテの村は、しんしんと雪が降っていた。端的に言ってすごく寒い。コートを着ていないのを後悔する寒さだ。
雪のなかに回廊のように道が作られている。それを辿って農業用ハウスに向かう。
ハウスはちゃんと維持されていて、まさにいま穴を掘りジキを採っているところだ。ルーイが着膨れしながらジキを背負いかごに放り込んでいる。
「ルーイ、久しぶり」
「あっ、アリナにサヤ。見て、こんなに立派なジキが採れたよ」
ルーイの手に春に見たのと変わらない大きなジキがあった。農業用ハウス、すげえ。
「みんなは元気?」アリナはそう尋ねる。
「うん。ライラさんの赤ちゃんも産まれたし、ティグリス老師はハウスの暖房を頑張ってるよ。二人の教えてくれたリボベジもおいしいし。ヘヘレも上手くいったんだ」
それはよかった。二人はほっとした。
「そうだ、セムの花を売ったお金でキキラの油が買えたんだ。ジキが収穫できたら揚げて食べようって神官さまが言ってたよ」
おお、それは素晴らしい。キキラの油がどんなものか知らないが、あのサクサクでホクホクのフライドジキが食べられるのは嬉しい。
有菜は腕時計の針がゆっくり動いているのを確認しながら、礼拝所に向かった。沙野もついてくる。
礼拝所は村人がたくさんいた。どうやらフライドジキを作る、という話は村中で言っていたことらしい。
さっそく採れたてのジキを丁寧に洗い、薄く切って、そのキキラの油とやらを火にかける。匂いの薄いオリーブオイルみたいな感じだ。
キキラというのは南方で採れる豆のような実らしい。それを絞ると良質な油が採れるのだとか。もちろんこの世界の油なのでいっぺんなにかを揚げたらダメになってしまうが、冬に油が手に入るのがそもそも珍しいことなのだそうだ。食用にならなくなったら照明に使うらしい。
キキラの油がだいぶ熱くなったところで、薄切りのジキをそっと入れる。
ぱちぱち……と耳においしい音が奏でられる。ほんのり色づいたところで油から上げて、塩をパラパラまぶす。
「はい! できました!」
村人たちが手を伸ばして、おいしいおいしいと盛り上がる。ティグリス老師もひとつ口に入れて「ああ、これは美味だ」と呟いた。
妊婦さん改め新人お母さんになったらしい女の人、たしかライラさんも、夢中でもぐもぐやっている。炭焼きのおじさんもオリビア婆さんも、みんなサクサクやっている。おいしいのだ。
「こんなものもあります」と、沙野がリュックサックから石井さんのケチャップを取り出す。フライドジキにつけてみると絶品だ。用意がいい。
「真冬のこの村で、揚げたジキにクオンキのタレをつけて食べられるとは。あちらの世界には感謝しかない」クライヴが嬉しそうにそう言う。
そのとき静かな外から、「ゴブ」と泉の水が泡立つ音がした。
みんなで見に行く。泉は噴水のように噴き上がり、周りの雪を解かしていた。
「なにごとですか神官さま」
村人にそう言われて、クライヴは目を閉じて泉に指をひたした。
「……おそらく、世界は喜んでいる。我々民草が楽しく冬を過ごして、楽しく食事していることが、世界を喜ばせたんじゃないかな」
「よく分かったな、クライヴ。次は泉に触れずに分かるように鍛えなさい」
「ティグリス老師は手厳しいなあ。さすが私の師だ」
クライヴはそう言ってハハハと笑った。
二人が異世界から帰ってくると、太嘉安先生がベンチコートを着て腕組みして立っていた。やべ。有菜はビビりつつ会釈する。そのまま通り抜けようとして、
「あちらの世界はどうだった?」と優しいトーンで訊かれた。安心してかくかくしかじか、と説明する。
「それはよかった。君たちの頑張りがいい結果を生んだのだね。でも誰にも知らせずにあちらに行くのは危ないからもうしないように」
結局注意された。というかやんわり叱られた。
でも、有菜は嬉しかった。
異世界にビニールハウスを建てる計画は予想外の方向で成功したが、まだ改善の余地はある。なにかあの世界で使える暖房を考えねばなるまい。
それにあちらの世界の食糧事情は、まだエケテの村しかよくなっていない。他の村や里や都では、みんな冬をひもじく過ごすのだ。
それを有菜が言うと、沙野は、
「牧場●語も一年目は開墾に必死だからね……収穫を増やすのは2年目からだね」と謎の喩えを聞かされた。
「目指すは国王が家畜の肉を年中食べられる国だ」
「そうだね、野菜ももっと収量を上げないと」
二人は「がんばるぞ!」とグータッチした。
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