#29 花を育てよう
ビニールハウスのジェネリックが建って、エケテの村の人たちはせっせとそこの世話を始めた。
毎日泉から水を汲み、ハウスの中に撒く。ハウスのなかではジキが育っている。
さて、そんなことをしているうちに現実世界もすっかり寒くなってきた。石井さんは農閑期の副業で、土方さんの働いている鉄工所の事務をしているようだ。
園芸部もこの寒さでは花壇や畑で活動することがない。来年の菜園計画や花壇計画を立てながら、もっぱらお菓子を食べてお茶を飲む部活だ。
ある日沙野が、
「そろそろホムセンにビオラ並ぶかな」と言いだした。
「ビオラって、スミレ? いま売ってるの?春のものなんじゃないの?」
有菜がそう尋ねると、沙野はフッフーンの顔で、
「秋に買って植えて、春にまた生えてくるんだよ」と答えた。スマホを取り出して写真のSNSを開き、「パンビオ」で検索をかける。凄まじい花畑がスマホの画面に展開された。
というわけで、有菜と沙野は学校の帰りに、近くのホームセンターに向かった。
外売り場はまさにビオラ天国だった。色も形もさまざまなパンジーやビオラが並んでいる。
「で、これどうするの?」
「鉢植えにして学校に飾ろうと思って。あ●森でもし●えさんが案内所に飾ってるし」
なるほど、たしかにそれも園芸部の活動かもしれない。領収書をもらって、六鉢ぶん――有菜たちの学校は1学年2クラスだ――のビオラを買った。苗はわりと値段も見た目もかわいいのを選んだが、フリンジ咲きとか変わった花色のやつは500円くらいする。有菜はヒョエとなった。
次の日学校で太嘉安先生に領収書を渡して代金をもらった。ビオラを買ってきたのを、太嘉安先生は誉めてくれた。
さっそくグラウンドに出てポットから抜いて、空いている植木鉢に植えている……ところで、3人は異世界に移動してしまった。
異世界は雪が積もっていた。有菜たちの暮らす町より冬が厳しいようだ。ハウスの透明な建物が輝いている。
「こんなに立派なのを建てたのかい」
「クライヴさんとティグリス老師が設計図を書いて、村の人たちが建てました」
有菜はそのままを説明した。太嘉安先生は頷いている。
泉の周りだけは雪がない。恐る恐る泉に触れるとちょっと温かい。地下から湧いているのかどうかはわからないが、まあ泉の水なら温度は一定だろう。
「おや。こんな寒いときに」
クライヴが出てきた。モッコモコに着膨れている。
「やあ。農業用ハウスはどうだい」
「まあ寒いから入って」と、礼拝所に入るよう促された。
「で、ティグリス老師はずっと魔力の補充に明け暮れていると」
太嘉安先生はそう言ってうんうんと納得している。ちょうどティグリス老師が、マンドレイクを干したやつを煎じて飲んでいた。やつれたようにも見える。
「直に外と布一枚で接してるところを常に温めるとなるとどうしても……電柵みたいに魔物がきた瞬間だけ魔力を使うなら問題ないわけで」と、クライヴが肩をすくめた。
「まあ僧院や長老会で鍛えた私の師匠です。きっと大丈夫。それからそれはなんですか? ずいぶんきれいな花だ」
「これはビオラって言って、あっちでは秋冬に花屋に並ぶ花です。春になるとたくさん咲きます」沙野が淀みなく答える。
「花屋か……こちらの世界では夏に金持ちがクオンキの花やエウレリアの花を買うくらいだ。でも冬の真っ白ななかに花があってもいいかもしれない」と、マンドレイクの煎じ薬を飲んで渋い顔のティグリス老師。
「流石に真冬は枯れてますよ。春になると復活するんです」と、やっぱり沙野がさらさら喋る。お前そんな喋る子だったか? と有菜は思ったが、しかし沙野は異世界については饒舌なのであった。
「なにか森に花を探しに行って、冬の間の現金収入にするというのはどうだ?」ティグリス老師がにっと笑う。クライヴは頷く。
「森って森も冬じゃないんですか?」有菜の疑問に、クライヴが答えた。
「冬はこの村から始まるんだ。まだ森には生きている動物や植物がいくらかあるはず」
クライヴの答えに、沙野が、
「冬のルク●カ……異●羅だ!!」と謎のセリフを発した。
というわけで、村の人たちと園芸部で、森に向かうことになった。時間の流れがゆるやかなので、夜呼びが飛ぶのは有菜のかわいい腕時計で六時間後。たしかに秒針が止まっている時間がやたら長い。
森は魔物と人間の緩衝地帯で、踏み込みすぎると魔物に襲われる可能性がある。園芸部一行にはティグリス老師がついてくることになった。
森はまだ秋のようだ。木々は葉を黄色や赤に染めたり、あるいはシヤ水に使う針葉樹の幹にツタのような植物が絡んでいたりする。
「これはどうだろう」
ティグリス老師がなにかを見つけた。見ればカタクリやシクラメンのような可憐な花が咲いている。ティグリス老師はポケットから手帳……と思ったら一瞬で分厚い本になった、とにかく図鑑を取り出して、花の種類を調べている。
「セムの花か。秋が長い地域では鉢植えにして育てて売るそうだ。これなら間違いない」
みんなでセムの花を掘り起こす。他のみんなもだいたいセムの花を持って村に戻ってきた。セムの花はいろいろな花色で、それこそビオラに負けないほど魅力的だ。
クライヴが鉢を複製魔法で用意して、農業用ハウスに並べた。
「ジキはどんな感じ?」有菜がルーイに尋ねる。ルーイは笑顔で、
「ちょうどウーに飽きるころには収穫できるよ」と答えた。
一同は現実に帰還して、ビオラを鉢植えにする作業を再開した。
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