#28 ビニールハウスのジェネリック
秋が深まってきた。定期テストでしばらく異世界に行けなかったふたりは、エケテの村の人たちに配るお菓子をいろいろ買って、異世界に向かった。
エケテの村に到着すると、この間マンドレイクを退治していたところを村のみんなで耕していた。
牛も、どうやら単なる肉牛や乳牛でないらしく、農機具を引かせて耕している。そこに、牛糞やら生ゴミやらを投入してさらに耕す。肥料ということらしいがずいぶん大雑把だ。現実世界ならもっと発酵させて使うはずだ。
いちど畑でなくなってしまった土地を畑に戻すのは大変な労力が必要なのだろう。二人は畑をしみじみ眺めた。
「あっ、アリナにサヤ!」
ルーイが二人に気付いて手を振った。二人は手を振り返す。ルーイは泉から流れている手洗い場で手の汚れを洗い落とすと、村のみんなを呼んでくれた。
たくさん買ってきたお菓子を配る。村人はみんな嬉しそうに食べている。特に人気だったのは揚げ煎餅(伝統芸能の名前がついてるやつ)だった。
「甘じょっぱくておいしいねえ」
オリビア婆さんがバリバリ食べる。歯が健康だ。だから老けて見えないのかもしれない。
「これおいしー。中が柔らかくて」
いつぞやの妊婦さんがクッキー(田舎のおっかさん的な名前のやつ)をぱくぱく食べる。あんまりあっちの世界のものを食べたらお腹の子に障らないだろうか。
「おや。おやつの時間かな?」ティグリス老師がやってきて、おやつを物色している。手にとったのは煎餅(粉がおいしい幸せなやつ)だった。サクサク食べて、
「昔マレビトに食べさせてもらったのと同じ味だ」と呟いた。
「え、長老会の人があっちのお菓子食べたんですかい?!」と、ポテトチップス(ヒゲのキャラクターのやつ)を食べている屈強そうなおじさんが声を上げた。
「長老会とて個人個人はいち僧侶に過ぎない。私はマレビトが危険だとは思わないし、むしろマレビトから学ぶべきだと考えている。だから昔この菓子をマレビトからもらって食べた」
ティグリス老師がそう言ったとき、泉の水がごぼりと泡立った。二人はドキリとした。
「別に御怒りに触れたわけではないから安心しなさい」
「じゃあいまのは……?」と、沙野。
「女神さまは、我々が楽しんでいることを喜ばれたのだよ」
「それは、世界の意志が分かるということですか?」
有菜の質問に、ティグリス老師は、
「言葉としてハッキリ分かるわけではないが、気持ちは分かる。犬が飼い主の気持ちを理解できるのと同じだ」と答えた。犬いるんかーい。
ルーイがチョコレート(受験生が好きなやつ)をかじりながら、
「犬って、都の人が飼ってる、なんかやかましいあの生き物ですか? 人の気持ちが分かったりするんですか?」と質問した。
「犬は賢いから飼い主には吠えない。いいことをすれば飼い主に褒めてもらえると知っている」
「へえ……」
「あっちの世界では農家が害獣よけ泥棒よけに飼ってるものですけど」有菜がそういうとみんながざわついた。
「こっちではお金持ちが自分の家を守るために飼うのがふつうだからねえ」と、クライヴがいつの間にか混ざってチョコレート菓子(紛争の火種になりがちな竹になるほう)を食べながら答えた。
ペットボトルの紅茶を陶器のコップに注ぎながら、二人はしみじみとここが異世界なのだと納得した。
さて、おやつとして持ち込んだお菓子はきれいになくなり、ペットボトルの紅茶もなくなった。
「畑に牛糞や野菜屑をすき込むなら、しばらく寝かせて腐らせた方がいいです」
有菜がそう言うと、クライヴは、
「それがあちらの世界の『科学』のやり方かい?」と聞いてきた。
「そうです」と有菜は答える。
「衛生的に腐らせるにはどうしたらいいかな。樽にでも詰めるか」
まさに発想がコンポストそのものだ。それでOKです、と二人は答える。
「じゃあ操時魔法で畑の土を腐らせてみよう」
そうじまほう、と聞いて一瞬分からなかったが、時間を操ることだと二人は理解する。
クライヴが畑の土の前で指をパチリと鳴らすと、土のなかで形を保っていた生ゴミが一瞬で土になった。これで土は問題なしだ。
「よし。支柱を立ててみよう」
クライヴの言葉に村の男衆が集まり、エフクの木の支柱を立てていく。丁寧に細工した、ビニールハウスの支柱より少し太めの柱だ。
「うん、いい感じだ。クホの神布をかけてみようか」
クホの神布をかける。ひと繋ぎにした状態で余ったり足りなくなったりしないように、立体的に縫ってある。村の女衆が頑張ったそうだ。
端をとめて、中に入りジキの種を蒔く。泉の水をやって、さて問題は空気を温める方法、ということになった。
ジキは春に穫れるものだ。春先くらいの気温を冬まで維持できればいい。ティグリス老師がやってきて、ツボを一つ置いた。
「都の貴族が冬に使う暖房魔法だ」
「なんでこの村では使わないんですか?」
有菜がそう質問すると、クライヴが肩をすくめて、
「村じゅうの暖房を魔法でやったら私が干からびるよ。この村で魔法を使えるのは私だけだから」と答えた。
ビニールハウスのジェネリックができたところで、夜呼びが飛び始めた。二人は帰ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます