#27 世界の意志

 二人が異世界にやってくると、いつも通りのエケテの村が広がっていた。泉を見てから礼拝所を覗く。

 ビニールハウスならぬクホの神布ハウスの設計図をクライヴとティグリス老師が二人で引いている。パピルスに製図するのは難しいと思っていた有菜と沙野であったが、ちゃんとパピルス用の製図用具があるのであった。

 現実世界のサイズにするとA4くらいのパピルスに、以前見せた写真と持ち込んだビニールハウスの構造を参考にして設計図が描かれていく。書き方は基本的にどちらの世界も一緒のようだ。

「問題はクホの神布が足りるか……なんとかなりそうではあるけれど」

 と、クライヴがうなる。

「それから骨組みの問題もあるだろう。それになんの野菜を作るかも問題ではないか」

「そこはジキを作っておけば栄養は足りるでしょう。骨組みはエフクの木なら問題ないでしょうね」

 エフクの木。どんな木だろうか。いったん礼拝所を出ると、ルーイが洗濯をしていた。

 こちらの世界では風呂というものに毎日入る習慣がなく、そのかわり着ているものはいつも清潔にしている。だから汚い印象はない。

「ルーイ、エフクの木ってどんなの?」

「ああ、エフクの木かあ。そこに生えてるよ。頑丈だけどよくしなるんだ」

 なるほど、それを支柱に使うのか。

「でも木だと雪で折れない?」と、沙野。

「エフクの木は家の柱にも使うんだ。重たい雪が降っても家は壊れないよ」

 そうなのか。

 ルーイは洗濯した服を干して、畑に向かった。エキ・ロクによく似た……というかエキ・ロクが植えてある。

「これ秋も育つんだ」有菜はしみじみ言う。

「うん。秋のうちに干しておいて冬のあいだ風邪予防に煎じて飲むんだよ」

 それでビタミンを摂ることになるのかもしれない。異世界の知恵だ。


「おーい。ちょっと集合」

 クライヴが礼拝所から出てきて手をたたいた。村人たちがみなゾロゾロ集まってくる。

「農業用ハウスの設計図ができたから、手分けして作ろう。エフクの材木はある?」

「ありますよ神官さま!」と、屈強そうなおじさん。

「あと絹の縫い糸はあるかな。裁縫の得意な人の手を借りたい」

「じゃあそっちは女衆でやりましょうか」と、このあいだの妊婦さん。

 というわけで、材木の切り出しとクホの神布を繋ぐ作業が始まった。有菜と沙野はクホの神布を縫うのを手伝うことにしたが、クホの神布は現実世界のビニールと比較してとても透明でなめらかだ。ときどき滑ってどこを縫っているか分からなくなる。

 村の女衆はみな裁縫がやたら上手い。普段から繕い物やら裁縫の内職をしているからだという。

「よく見れば織った縦糸と横糸が見えるから、それに刺さらないように縫ってごらん。こっちの世界ではそういうふうに裁縫するんだ」

 オリビア婆さんがそう言うのだが、ふだんスマホ画面ばかり見ている有菜と沙野にはよく見えない。透かしてみようにもそもそも透明だ。

 それでもどうにかひと繋ぎの大きな布になった。触った感じはとてもしっかりしたビニールという印象だ。

 男衆のほうも、材木の切り出しを終えていた。村の畑のいまは使われていないところに建てるらしいが、かつて畑だったその場所はマンドレイクがはびこっている。


 クライヴが槍を持ってきた。ティグリス老師も槍を持っている。

「せいやっ!!」

 クライヴがマンドレイクの頭に槍をブッ刺した。悲鳴すら上げずにマンドレイクはしおれた。しおれたそばから引っこ抜く。うわ、マジで人の形だ。

「おお〜これがマンドレイク……澁澤龍彦の『毒薬の手帖』で見た中世の版画そのまんまだ」

 沙野よ、なぜそんなマニアックな本を読んでいるのか。

 マンドレイクを退治しているうちに夜呼びが来てしまった。二人はしょうがなく現実に帰還した。


 現実もだんだん日が短くなってきた。

 太嘉安先生が紅茶と、またしても料理部に押し付けられたらしいタルトタタンを食べていた。二人も食べる。明らかに失敗作の味だ。

「なるほど……そういうことになったのだね。うん、そのプランなら大丈夫だろう。ずっと前にも似たような計画が持ち上がったことがあるんだが、それは予算で頓挫したんだ。まさかクライヴの師匠がクホの神布を持ち込んでくれるとは」

「あの。本当に、わたしたちがあっちに行くせいで、あっちの世界の情勢がおかしくなってるってことはないんですか? 心配です」

 沙野が早口気味にそう言う。太嘉安先生は、

「あちらの世界でかつて悪逆の限りを尽くした魔王はこちらの人間だそうだ。この園芸部以外にも出入りできるところがあるんだろう。それもあってこちらの人間は嫌われがちだ。世界自体が、我々を嫌っているんだ。あの世界には意志がある」

 世界に意志がある。

 最初はよく意味がわからなかった。しかしだんだんとあちらのことを思い出すにつれ、理解できてきた。

 たとえばこの間、泉に詫びたときにまるで人間の言葉を知っているみたいに泉が泡立ったのも、世界に意志があるということだ。

 意志を持つ世界とうまくやっていけるか。分からないが、やらなければならない。あちらの世界の神々、あるいはあちらの世界そのものに、暮らしをよくしたいという意志を伝えなければ。

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