#26 クライヴの師
有菜はなるべく、異世界のことは布団で考えることにした。学校だと叱られるし風呂場だと湯あたりするからだ。
異世界はこれから戦争が始まったりするんだろうか。長老会とやらがなくなって、新しく似たような組織ができたらしいが、似たような組織を作ったら同じことになるのではないか。
なんにせよあの村では鳥が来てクライヴが確認しないことには都で何が起きているかわからない。早く平和になってほしい。
翌日、有菜と沙野が異世界に向かう前に、太嘉安先生と芋掘りをした。そりゃもうまるまる太ったサツマイモがゴロゴロ収穫された。
それをかかえて、異世界人に焼き芋でも振る舞うかと異世界に到着すると、なにやら礼拝所の周りに人だかりができていた。
なんだろうと小さな窓から覗き見すると、高僧と思われる男がクライヴと話をしていた。
「なにごとですか?」太嘉安先生が村人に尋ねる。
「長老会の人が都落ちしてきたらしいよ」と、その痩せているわりにお腹の大きい女性――おそらく妊婦――が答えた。
長老会の人が都落ちしてきたって、ここは禁忌を犯している村なのではなかったか。それとも、長老会もその禁忌が嘘っぱちだと認めたのだろうか。
少ししてクライヴが出てきた。
「村のみなさん。こちらは私の師、ティグリス老師です。長老会では正統な律法を作りたいという一心で勤めておられました」
「弟子クライヴの縁で、いっときこの村の世話になることにした。どうかよろしく」
老師というには若い気もするが、しかしクライヴもめちゃめちゃ長生きしているらしいので、このティグリスという人も長く生きているのだろう。
「ティグリス老師はビニールハウスの建造費を出すように、私に代わって長老会に訴えてくださっていました。まああの頭の硬い長老会が認めなかったのは仕方ないことです。きょうはもてなしの食事をしましょう」
「あ! それならサツマイモがたくさんあります!!」
沙野が手を挙げた。というわけで、ティグリス老師にサツマイモを振る舞うことになった。
どうやら異世界には「もてなしの食事」という風習があるようで、実際に客を迎える家以外の家でも同じ村ならご馳走を食べるらしい。春にきたときのジキの煮物がそれだという。
サツマイモはオーソドックスに焼くことにした。おかずはきのう群れで出たというスライムの肝だ。
以前食べたスライムの肝はモンスター肉にしては悪くないと思っていたが、あれは長いこと泉の水にさらして丁寧に処理したものらしい。串焼きにしたスライムの肝はやたら生臭かった。
太嘉安先生がアルミホイルを持ってきていたので、クライヴから溜まりに溜まったいらない書類をもらって濡らし、それとアルミホイルにサツマイモを包んで火に入れる。いらない書類は紙ではなくパピルスみたいなやつだったのだが大丈夫だろうか。
しかしそんな心配は無用で、ホックホクの芋が焼けた。
村の人たちと、ティグリス老師と、園芸部のみんなで焼き芋をモグモグした。うまい。わりとホクホク系の芋だ。ねっとり系もおいしいが、汁気の多いスライムの肝がおかずなのでねっとり系より合う気がする。
「この芋はずいぶんと美味だなあ」
ティグリス老師がそう言って芋をかじる。
「あちらの野菜はどれも甘くて柔らかくて美味ですよ」と、クライヴ。
「いったいなんの違いなのだ?」
「おそらく栽培技術と品種改良でしょうね。あちらの世界では科学が文明の基盤だそうです」
「科学……か。やはり我々もそちらに目を向けねばならないのやもしれないな」
「それはだめです!」思わず有菜の口からそんな言葉が飛び出した。
「なぜだい?」クライヴに訊かれて、有菜は、
「この世界では、本当にクリーンな作物が作られているじゃないですか。あっちの農業は、たくさんの犠牲によって成り立っているんです」
「犠牲……? こちらもゴブリンなんかを殺しながらやっているよ?」と、ティグリス老師。
「あ。でもゴブリンは魔物じゃないですか」
「魔物だから殺してよいという発想は、敵兵なら誰でも殺してよいという発想と同じだよ、アリナさん。そもそもこの世に奪われていい命などない」
「そう、そういう思想がクリーンなんです。あっちの世界は害虫なら殺していいっていう」
「しかし、誰かの暮らしの足元には、誰か、何かの死骸が転がっている。だから奪っていい命などないというのは理想論に過ぎない」
だんだんややこしくなってきた。流石に高僧となると哲学のレベルが違う。勝てそうにないので有菜は諦めて芋をかじった。喉につかえそうになった。
食後のシヤ水を飲んでから、ティグリス老師が宣言した。
「実は長老会の幕屋を脱出するとき、ありったけのクホの神布を持ってきた。それでビニールハウスを建てよう」
まじか。本当にやるのか、ビニールハウス。というかクホの神布ハウス。
どうやら石井さんの知り合いからもらったビニールハウスは暴徒に燃やされてしまったらしい。ダイオキシンだ。
とにかくビニールハウスならぬクホの神布ハウスを建てることが決定した。村の人たちは目を点にしていた。有菜と沙野と太嘉安先生は、いったん現実に帰還した。
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