#25 リボベジ始めました
夏休みが終わった。異世界では粛々と農作業やモンスターの駆除が進められていて、二人はそれを手伝ったり園芸部の畑仕事をして過ごした。現実世界はまだ暑い。
夏休みに起きた異世界の内乱のことが、有菜の頭の中をぐるぐるしていた。授業なんて上の空だ。
長老会は6歳の王様を殺そうとして、何をするつもりだったのだろうか。群衆は長老会を襲って、何をするつもりだったのだろうか。
この皺寄せが、マリシャやクライヴ、そしてエケテの村にいかなければいいのだが。
もう結構前のことなのに、心配で仕方がなかった。あのあと大きな事件は起きていないのだが。
「……有菜さん?」
物理のイケメン教師が有菜を呼んだ。慌てて立ち上がる。どうやら当てられたらしい。有菜は素直に謝ってごめんしてもらった。
部活をしているうちに異世界にやってきた。いつも通りのエケテの村に安堵する。
村の中央には荷車が停めてあり、なにやら麻袋のようなものが家々に運ばれている。きっと穀物だ。
もう冬支度をするのか。
有菜たちの感覚ではまだ秋は始まってすらいないのだが、こちらの世界は冬が厳しいから早く備えなくてはならないのだろう。なにか冬も新鮮な野菜を食べる手段があればいいのだが。
それを考えていると、唐突に有菜はいいことを思いついた。
「リボベジだ!!」
「り、リボベジ?!」沙野がびっくりする。
二人は荷車の荷下ろしを手伝っているクライヴに声をかけた。
「あっちの世界の作物は一世代なら育つんですよね?」
「あ、ああ……そうだよ。どうしたの?」
「あっちの作物で、世代交代しないで育てたら、冬のあいだも生野菜が食べられるんじゃないですか?!」
「世代交代しないで育てるなんてできるのかい?」
「たとえば大根って野菜の頭を、水にひたすと菜っぱがどんどん出てくるし、豆苗って野菜だと刈り取るときに根本をのこして水をやるとまた生えてくるわけです」
有菜が説明すると、クライヴはふむ、と聞いて、
「それはいいアイディアだ。こちらからあちらに買い物に行くわけにはいかないから、お願いしていいかな」と言った。
二人は次の日、異世界に豆苗と大根を持ち込んだ。二人は村人が興味津々で見ているなか、大根の煮物と豆苗炒めを作った。
それをみんなでおいしくいただきながら、リボベジのやり方を説明する。
村人たちはそれぞれ、大根の頭や豆苗の根本を家に持っていった。やったぜ。
ルーイが大根の煮物を食べながら、
「こちらの世界の野菜でもできないかなあ。ヘヘレに似ているなあと思ったんだけど」という。
試してみる価値はあるかもしれないが、それにはヘヘレを水耕栽培する必要がある。それならガーゼみたいなものに種を蒔いて、水をやって暖かいところに置かなくてはいけない。
というわけで早速ヘヘレの水耕栽培にチャレンジしてみることにした。木綿みたいな素材の布に、ヘヘレの極早生の種を蒔く。それを小皿に入れて、女神さまの泉から汲んできた水をそそぐ。
「この村って、服はどこから買うの?」
有菜が尋ねる。ファッションが好きだからだ。
「隣村がワフウの名産地なんだ。機織りが盛んで、食糧と物々交換してる」
ワフウ。新しい異世界作物だ。木綿みたいなやつだろうか。
「この村の土だとワフウは合わなくてね、育たないんだよ。逆に隣村じゃ野菜が育たないんだ」
「それは土壌の酸性度の問題?」
沙野がズバリと訊く。ルーイはよくわからない顔だ。
「隣村の土ってどんなかんじ?」と質問を変える。ルーイは少し考えて、
「石が多くて白っぽい」と答えた。
そんな話をしていると、礼拝所に鳥が飛んでくるのが見えた。しばらくしてクライヴが現れた。
「都の騒乱、またひどくなってるみたいだ」
「どういう状況なんですか?」
「長老会の高僧たちは散り散りに逃げ出して、神殿騎士たちが後始末に追われてる。なのに民衆の怒りは収まらなくて、新しい長老会を作ると言って貴族出身の高僧を集めて勝手に新長老会とかいうのを作っちゃったみたいだ」
なんともマリシャの胃が心配になる。
「新長老会が勢力を持たないように、集まりがあれば神殿騎士が取り締まっているみたいなんだけど……」
「マリシャさんに胃薬送りたいですね」と、有菜はつぶやいた。
「そうだね……これは胃が痛いだろう。でもやはり長老会になんの信念もないことがわかった」
それはその通りである。
「ある意味散り散りになって正解だったかもしれないなあ。聖典に関係ない律法を次々作るだけだったし、それは自分たちの利益のためだったし。この新長老会の出方にもよるんだけど」
とにかく都では大異変が起きている。
それはマレビトである有菜と沙野のせいなのかは、まだわからない。
二人が現実に帰還すると、太嘉安先生がチョコレート菓子(オーストラリアの珍獣のやつ)を食べていた。分けてもらってぽりぽりする。
異世界の内乱の話をすると、太嘉安先生は難しい顔をして、
「なるべく関わらないようにしなさい。それからあちらの世界のことを授業中考えるのはよろしくないね」と言ってきた。有菜が授業中ボーっとしていたのを物理の先生に話されたらしい。
「すみません」
「あちらはこれから時間の流れが緩やかになるから、よけいな心配をしないで学生らしく勉強しなさい」
ぐうの音も出ないのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます