#24 都の騒乱
あちらの世界では、おいしくなくて体にもよくないものを常食にしなければならない。しかし、現実世界で食べられるおいしくて体によいものは、自然の犠牲の上にある。
たとえばどんな有機栽培の米でも、水田から水を抜けばオタマジャクシが死にまくる。それは大昔から当然だから誰もなにも思わない――まあ一部のヴィーガンとかいう人たちが、SNSで米農家に文句をつけていたが、ヴィーガンなる主義思想が生まれる前から、田んぼの水を抜けばオタマジャクシが死ぬことは変わらない。そして、たくさんのオタマジャクシの犠牲の上に、おいしいご飯を毎日食べる暮らしが成り立っている。
それをあの世界に強いてはいけない。
しかしあの世界ではビニールハウスを建てる話が進行していて、それがあの世界の人々を救うかもしれないということは間違いないことだ。
有菜は風呂場でずっとそのことを考えて、危うく湯あたりしそうになった。
異世界にまた来てみると、トロール焼き肉の残骸が散らばっていた。
しかしなんだか村の様子がおかしい。人の気配がしないし静かだ。有菜と沙野は顔を見合わせた。
畑にはこれといってなにも植わっておらず、家畜としてパラパラと飼われていた牛の姿もない。
そうだ、泉を見に行けば、村の状態が分かるかもしれない。2人は泉に急いだ。
泉からはいつも通り、こんこんと澄んだ水が湧き出ている。村人たちはどこに行ってしまったのだろうか。
顔を上げて森のほうを見ると、狼煙のように煙が上がっていた。戦争でもしているのだろうか。なんだか不安だ。
「やあ、アリナにサヤ」
ルーイの声がして、2人は振り返った。ルーイはカゴを背負っていて、中にはなにかの球根のようなものが詰まっており、牛を引いている。
「ルーイ! なにがあったの?」
「うん、村じゅう総出でウーの恵みのお礼をしに行ってたんだ」
「ウーの恵みのお礼?」
「ウーはもともと森のもので、人間のためにあるものじゃないから、毎年ウーの収穫の日は村人全員と家畜も一緒に山に種をお返ししに行くんだ」
なるほど。滅びたかと思ってビックリしたと二人が伝えると、
「泉が湧くかぎり人は滅びないよ」と言われた。
さて、ウーという野菜がもともと人間の領域のものでないと知って、有菜は少し考えた。
つまり魔物の肉と変わらないのではないだろうか?
そう思っているとクライヴも戻ってきたので、そこのところを訊いてみる。
「森は人間と魔物の緩衝地帯だから、魔物も人間も食べられる植物がたくさんあるんだ」
なるほど。魔物肉とは違うようだ。
「じゃあさっそく、ウー炊きを食べよう」
ウー炊き。新手の異世界料理だ。既に村の家々からはいい匂いが漂い始めている。
クライヴはウーをひとつ取ると、礼拝所の台所でそれを調理し始めた。ヘタというかつるを取り、皮を剥く。ちょっとシクラメンの球根に似ている。
それを鍋に入れ、泉の水を少し注ぎ、しばらくグツグツやる。すごいアクが浮いてきた。それを丁寧にとり、水気がなくなるまで煮詰めて、塩をパラパラしてウー炊きの出来上がりである。
一見すると粉吹き芋のような料理だ。しかしフォークを刺すと糸を引く。
はむ、と一口かじってみる。味は完全にウナギだ。ウナギの白焼きの味がする。食感は長芋とねっとり系サツマイモの中間だ。
「おいひーれす」
有菜はそう言ってウー炊きをモグモグした。沙野もおいしそうにモグモグしている。
「でもひと冬ずっとこれは飽きるんだよ」
クライヴはため息をついた。冬のあいだは漬物とウーとわずかな穀物だけで過ごすなら、そりゃ飽きるだろう。
ウー炊きを食べて、さて帰ってウーをおいしくいただく方法を考えますか、と支度をしていると、礼拝所の窓にいつぞやの鳥がとまった。クライヴが手紙をほどいてみる。それを見てしばし絶句したのち、
「都で騒乱が起きているみたいだ」と、クライヴはつぶやいた。
「騒乱……ですか」
「長老会が王陛下に反逆して、暗殺者を放ったらしい。幸いすぐ露見して捕らえられたそうだが、それを受けて長老会への反感が高まり、長老会の幕屋が群衆に襲われたそうだ」
「えっ、そんなヤバいことが起きてるんです?!」有菜は素直に言う。
「これじゃビニールハウスは頓挫だねえ……」
クライヴのため息とともに、夜呼びの鳴く声が聞こえてきた。2人はしょんぼりしながら現実に帰ってきた。
やはりビニールハウスを建てようというのは浅はかだったんだろうか。有菜は唇に歯を立てて、そんなことを考えた。
それに気付いた小夜が、
「有菜ちゃんは悪くないよ。あっちの暮らしをよくしたくて考えたんでしょ?」
「うんまあそうなんだけどさ……なんか申し訳なくて。やっぱり魔王とマレビトは関係あるんだよ。こっちから何か持ち込むと悪いことが起きる」
「クライヴさんが俗信だって言ってたじゃん」
「イワシの頭も信心から、って言葉もあるじゃん? いちど信じたら俗信だってありがたくなっちゃうんじゃない?」
「……確かに。あの長老会とやらはマレビトを排斥することが正義でありがたいことだと思ってる節があったね」
「はあ……ため息しか出んわ」
2人はしょんぼりと下校した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます