#23 トロール焼き肉
ビニールハウスを置いてきた翌日。二人はなんとなく不安になって、園芸部の仕事もそこそこに異世界に向かった。
異世界ではいつも通りのエケテの村が広がっていて、二人は一緒安堵した――が、なんだか空気が変だ。いつもの澄んだ空気でなく、なんとなくヒリヒリするような、焼けた匂いがする。
嫌な予感に二人は急いで村の中央に向かう。村の中央には、凄まじく大きなモンスターの死骸がどんと転がっていて、クライヴが疲れた顔をしていた。返り血なのか、鎧が血で汚れている。
「クライヴさん?!」
「ああ、アリナさんにサヤさん。ビックリしたでしょ、トロールが村の近くに出たものだから討伐したんだ。これも守護神官の仕事だよ」
なんだ、そんなに心配しなくてよさそうだ。空気が焼けているのはクライヴが風上で戦闘用の魔法をぶっ放したかららしい。
「このトロールはどうするんですか?」と、沙野。
「肉にするよ。ゴブリンほど不潔じゃないからね。まあオークほどおいしくないけど」
なるほど、トロールは食べられるのか。村の男衆が集まってきて、トロールの分解が始まった。
それほどグロテスクな絵面ではない。ただ、どう見てもおいしそうな肉には見えない。そりゃそうだ鬼の肉である。
「まさにモ●ハン……!」沙野が無駄に盛り上がるのはなんとかならないだろうか。
トロールの分解が終わったあと、ビニールハウスはどうなったのかクライヴに尋ねると、
「長老会が持っていったよ。魔術院に仕組みを調べてもらうそうだ」とのことだった。
どうやらビニールハウスは特殊な技術を用いて調べるらしい。この村では調べられないやり方もあるのだろう。
「心配したんですよ、ビニールハウスを置いてきたから村に何かあったんじゃないかって」
有菜がそう心配すると、クライヴはハハハと笑って、
「マレビトに関わる伝承は全て俗信だ、と私の師匠は言っていたよ。事実聖典にはマレビトに関する記述はない。一部の民間伝承で、かつてこの世界を暗黒で包んだ魔王がマレビトだった、っていう言い伝えがあるだけだよ」
「魔王……ですか」
「うん。もう何百年も前のことで、知っている人はいないし、そのころは文字もなかったから正確にはどうなのかはわからない。だから俗信」
「魔王ってことは魔法が使えたんですかね」
有菜がそう尋ねるとクライヴは難しい顔をした。
「文字がない時代だから魔物しか魔法は使えないはず。ということは人間に疎まれた結果悪鬼の眷属になったのかな」
悪鬼。女神さまの弟だ。
「神官さま、焼き肉の準備ができましたよ」
ルーイがそう言って呼びにきた。クライヴは鎧をぱちぱち外しながら、
「君らも食べるかい?」と二人に訊いた。
「はい!!」だから沙野よ、そんなにエンジョイ異世界すな。有菜はそう思ったが黙っていた。
トロールの焼き肉で村じゅうの人たちが集まった。切り出された今ひとつおいしくなさそうな肉を、じゅうじゅう炭火で焼く。
「この骨についてるところが一番おいしいよ」
ルーイが骨付き肉を差し出してきた。恐る恐る食べる。やっぱりエグみがあるしパサパサする。
シヤ水の樽が出てきて、みんなでシヤ水を飲みながらトロール焼き肉をする。村人たちは楽しそうだが、有菜と沙野は今ひとつ楽しんでいなかった。
シヤ水が体のなかでトロールの毒気を分解するのがわかる。おいしくないが乗ってしまった手前食べるしかない。おいしくない。
「トロールはこの村を襲おうとしてたんですか?」
沙野の質問に、クライヴが、
「群れからはぐれて、まともな食糧がなかったか、オスだったから群れから独立したか……まあ群れでないと女神さまの加護ある土地を襲うことはないから、はぐれたんだろうね。それで野菜を見てこの村に来た」と答えた。
「野菜といえばウーとかいうのはどうですか?」有菜がそう尋ねる。
「うん、去年の根っこが太り出した。早いのはそう遠くなく掘り出せるよ」
おお、新手の異世界野菜がもうすぐ食べられる。有菜はワクワクした。
トロール焼き肉ののち、二人は現実に帰還した。早くなにか、現実世界の食べ物が食べたい。そう思っていると太嘉安先生がチョコレート菓子(帆船が刻まれているやつ)をくれた。
それから太嘉安先生にトロール焼き肉の話をしたら苦笑された。
「まずかったでしょ、あれがあの世界の標準」
「ということは、こっちの世界みたいな暮らしを目指すこともできる、ということですか?」
有菜が素直に言うと、太嘉安先生は、
「こっちの文明はいろいろなものを犠牲にした上に成り立っているからね……あちらでこの世界と同じようにするとしたら、おそらく自然破壊や公害がたくさん起きるんだろうね」と、真面目な調子で答えた。
それではだめだ。二人はため息をつきながら、チョコレート菓子をぱりぱり食べた。ダイジェスティブビスケットがもさぱさする。
あの世界のあるがままでありながら、もっと生活水準を上げる方法はないだろうか。そして、なんで自分たちは異世界のことをこんなに心配しているんだろうか。有菜は首をひねった。
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