#22 長老会のガサ入れ
離農する、石井さんの先輩農家の家は、いわゆる「豪農」を想起させる大きな日本家屋だった。その縁側で将棋雑誌を読んでいる、おじいさんとおじさんの中間くらいの人に、石井さんは声をかけた。
「矢沢さん、ビニールハウス欲しがってる後輩連れてきました」
「おー石井くん。入れ入れ。おーい小枝子、お茶を出してくれー」
「あっいえこれからもう二人くるんでお茶はいらないっす」
「そうか。石井くんの後輩っていうからてっきり男の子だと思ってたら女の子だったか」
「どうも、初めまして。有菜といいます」
「おーおーよろしく。おれは矢沢だ。石井くんには畑のやり方と矢倉の組み方を教えたんだ」
矢倉ってなんだ。一瞬そう思ったがたぶん将棋のなにかだろうとスルーする。
少しして沙野と土方さんもやってきた。矢沢さんは倉庫にしまってある小さめのビニールハウスを見せてくれた。それを石井さんの軽トラに載せる。
それからいったん石井さんの作業小屋に戻り、ケチャップの試作品をコンビニのフライドポテトにつけて食べながら、
「ハウスをもらったのはともかく、あれどうやって組み立てるんです?」と沙野が質問する。
「ググればだいたい出てくる。俺も土方動員して建てられたくらいだからなんとでもなる」
「いやーあれはえれえ迷惑だったわ」
「2度とトマトジュース飲ませねーぞ」
二人はハハハと笑った。
「それにしても石井、お前将棋なんか打つんだな」
「将棋は打つもんじゃない指すもんだ。高校生までポケモン廃人やってたんだが、新しいハード買うの面倒でな……なんかヒリヒリする勝負ごとがしたくて将棋始めたんだ。いまアマ11級くらい」
「それってどんくらいの強さなんだ?」
「駒落ちっつって上手い人とやるときは上手い人の駒を四枚ばかし減らしてもらって指してる」
「いやぜんぜんヘボなんじゃん」
「矢沢さんは駒落ちじゃなくて平手じゃないと勉強にならないっつって容赦なくボコってくるんだよな……それも学ぶことは多いんだが」
はあ。
将棋のことはともかく、石井さんにビニールハウスを園芸部の部室まで運んでもらった。結構重い。
明日のことを楽しみにして、二人は家に帰った。
さて翌日、ビニールハウスを異世界に持ち込むと、なにやら村がざわざわしていた。
重たいビニールシートとアルミパイプをかかえて、二人は顔を見合わせた。なにごとだろう。
「あ、アリナさんにサヤさん」
クライヴが声をかけてきた。そちらを見ると、どうやら僧侶とおぼしき人たちが、有菜と沙野を見つけておっかない顔で睨んできた。
「あのひとたちは?」
「都の長老会。自分たちで作った律法に、この村が違反しているって言ってじきじきに取り締まりにきたんだ」
それはまずいんじゃなかろうか。見れば武器を持った白装束の人たち――要するに神殿騎士というやつだろう――もいる。マリシャも白い服を着てそこに立っている。
「そこの二人はマレビトか」
「ええ。この村の農業をよくしようといろいろな事を教えてくれます」
「それは禁忌であるぞ」
「しかしマレビトが禁忌であるというのはただの俗信でありましょうや。それもマレビトが魔王になってしまった古の時代の、カビの生えた俗信」
「長老会を愚弄するか」
「めっそうもない。ただ、女神さまの教えに真に従うのであれば、マレビトなど恐るるに足らぬ、ということです」
クライヴの言葉をふむふむと聞いて、長老会の老僧が訊ねてきた。
「時にマレビトよ。それはなんぞや」
「ビニールハウスです」
「びにーるはうす」
二人はビニールハウスがどんなものか、必死で説明した。長老会のひとたちはふむふむと聞いて、
「しかしマレビトの持ち込むものは不浄ぞ」
と言ってきた。
「長老会がそう仰せならば、構造だけ調べて、あとはこちらのもので作ろうと考えております」と、クライヴ。
「ほう……それが叶えば、冬の間の豊かな食糧が保障されるのか?」
「豊かになるかは分かりませんが、冬も食べ物を生産できるのは間違いありません」
「面白い。我々長老会としても、食糧事情の悪さには困っていたのだ。マリシャ!」
「はい!」
「そちはここでマレビトのこしらえた、美味なる料理を食べたそうだな」
「はい!」
なんというかマリシャの口調が体育会系だ。ちなみにきょうはビキニアーマーでなく白い服なので、沙野曰く「まさに姫騎士」という感じである。
「それは、ビニールハウスがあれば、こちらでも作れるのか?」
「どうなんだクライヴ」
「たぶん無理ですねえ。特殊な、あちらでしか作れない材料が多いので」
「であるか……」長老会の僧は織田信長の調子でそうため息をついた。
「とにかく考えとしては面白い。長老会からもいくらか予算を出すゆえ、やってみよ。ただしなるたけこちらのものをつかって」
「ははぁっ」
クライヴや村人たちが頭を下げた。つられて、有菜と沙野も頭を下げる。マリシャや他の神殿騎士も頭を下げ、長老会はこれで村のガサ入れを終えるようだった。
ふたりはやっと安堵する。空を見上げると夜呼びが飛び始めていた。ビニールハウスを残して、二人は現実に帰還した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます