#21 頼れるのは先輩

 夏休みが始まった。

 有菜は課題を進めたあと、なんとなく「ビニールハウス」でググってみた。

 アマゾンやら楽天やら、もろもろの広告が出る。いわゆる「簡易温室」みたいなやつは一万円くらいからあるようだ。もっとちゃちい、棚にかけるビニールみたいなやつは三千円くらい。

 では、いわゆるところの「ビニールハウス」はどうか。広告をスクロールしていると出てきた。

 二十八万円。とてもじゃないが現状買えるものではない。アルバイトしたって貯金するのに何ヶ月もかかるやつだ。

 自分たちがビニールハウスを組み立てたことすらないのに、異世界の人たちにそれを教えることができるとは思い難い。どうしたものだろう。


 園芸部は年中無休だ。夏休みも活動している。翌朝学校に行くと、沙野がなにやら写真を見せてきた。すごくふつうのビニールハウスの写真だ。スマホで撮ってコンビニでプリントしたらしい。

「組み立て方までは教えられないけど、参考になるかなって」

 沙野は賢いのであった。


 その日も、草むしりや花がら詰みをしているうちに、異世界にたどり着いていた。

「あ! アリナにサヤ!」

 ルーイが手を振っている。そっちに向かうと、エウレリアでたくさんお金を稼げたことを教えてくれた。

「やっぱり都は違うよ。お金持ちの規模が里とはぜんぜん違う。いいものにはいくらでもお金を払う、って人がおおぜいだ」

 ほへー。マーケティングというやつか。有菜は都がどんなところなのかさらに聞いてみた。

「でも汚かったな……食べ物もろくなものがなかったし水もよくなかった。あまり長くいたいところじゃないよ」

「東京とおんなじだ」沙野がそう呟いた。

「沙野ちゃん、東京はオシャレなスイーツとかいっぱいあるよ?」

「でもスイーツだけじゃ生きていけないよ。東京の親戚の家で水がおいしくなかった記憶がある。どのみち長くいたいところじゃないよ」

 ん?

「ちょっと待ってルーイ。都にも女神さまの泉はあるんだよね?」

 有菜はそう尋ねる。ルーイは、

「女神様の泉だけじゃ足りなくて、井戸を掘ってるんだ。その水がまあおいしくないんだよ」

 そりゃそうだ、女神さまの泉に慣れてしまったらふつうの水なんてまずいに決まっている。

 この世界は、基本的に女神さまの泉の水がライフラインだ。モンスター肉を食べたときに受けたダメージは女神さまの泉で回復する。

 都の生活のつらさがありありと想像できた。そんな不健康なところで口紅にする花なんか買ってもなんにもならない。


 しばらくルーイと話しているとクライヴがやってきた。沙野がクライヴにビニールハウスの写真を見せる。

「思ったよりしっかりしてる。でもこれだけの大きさをクホの神布で覆うとなると、やはり長老会の援助なしには無理だなあ」

「ずっと気になってたんですけど、クホの神布ってなんなんです?」

 有菜の質問に、クライヴは、

「都からさらに海に向かっていくと、クホっていう街がある。そこは海の神が与えた神蚕から採れる透明な絹が名産なんだ」

 と、笑顔で答えた。透明な絹。絹って破れやすいのではないだろうか。

「クホの透明な絹は水を通さないし、糸が一本一本太いから、簡単には破れない。神事に使うものだから大量発注するひとはたぶんいないけど……」

 なるほど。

「しかしこのシャシン、長老会を説得するのにうってつけだ。もらっていいかい?」

「構わないですけど、マレビトの持ち込んだものを持っていったらまずくないですか?」

 沙野が心配する。クライヴはハハハと笑う。

「マレビトを禁忌とする教えなんて世界のどこにもないよ。長老会が俗信を律法に書き込んだだけさ」

 それならいいのだが。なんだか心配だ。


 その日、現実世界に帰ってくると、土方さんが心配そうな顔をしていた。

「どうしたんですか」

 二人がそう尋ねると、土方さんは、

「いや、時間の流れが不安定だって太嘉安先生から聞いて、ちょっと様子を見にきたんだ。あとお前らあっちにビニールハウス建てるんだって?」

「その方向で話は進んでますけど……」

「石井の農家仲間が、古くて小さいビニールハウスの処分先を探してる」

 わお、渡りに船だ。というわけで、部活が終わってから土方さんの軽ワゴンに乗り込んだ。土方さんは石井さんの農作業小屋に軽ワゴンを停めた。

「よっす石井。現役連れてきたぞ」

「おす。トマトジュースで寒天作ったから食ってみろ。お好みでタバスコもどうぞ」

 寒天って、おばあちゃんみがすごいな……。

 とにかくトマトジュース寒天をはむはむしながら、古いビニールハウスの話を聞く。

「農家の先輩が冬のセリ栽培に使ってたハウスを処分するんだが、お前らいるか?」

「はい!!」

「よし決定だ。引き取りにいこう」

 土方さんの軽ワゴンと石井さんの軽トラに分乗して、石井さんの農家の先輩のところに向かう。

 石井さんの軽トラの助手席で、有菜はなんで手放すひとがいるのか聞いてみた。

「離農するんだそうだ。公民館で日曜にやってる将棋道場でもよくしてくれるんだが、もう歳だから農業がきついらしくて」

 ううーん少子高齢化だなあ〜!とか言っているうちに、その離農する農家の畑に到着した。

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