#18 ゴブリンを一網打尽!
クライヴが首をかしげて、
「ネズミ捕り粘着シート?」と尋ねてくる。
「はい! あっちの世界で、家の中にネズミが出ると、粘着シートを置いてネズミを捕るんですけど……ゴキブリもそうだな……」
「ああ、ゴキブリ。ヒジカタくんやイシイくんより前のエンゲーブが話していた、最悪の害虫だね」
「最悪っていうかゴブリンよりかはマシだと思うんですけど……不潔で食べ物を荒らすだけで魔法は使えないので」
沙野が真面目に言うが、有菜としてはゴブリンよりゴキブリのほうがタチが悪いと思う。あのカサカサ動き回る感じがもう無理だ。
「まあとにかく害虫や害獣を捕らえるのに粘着する罠を使うわけだね。それならトリモチの魔法に魔法封じの魔法を重ねがけして仕掛けてみようか」
というわけで、畑の周りにクライヴが魔法でトリモチを作った。ちょっとスクイーズみたいだと思って有菜が触ろうとすると、「触ったら最後死ぬまで取れないよ」と恐ろしいことを言われた。
それに魔法封じの魔法を重ねがけして、これでよし、となった。空を見ればすっかり薄暗い。夜呼びが飛んでいる。帰り道はなくなっていた。人生2度目の異世界泊である。
また礼拝所に泊まることになり、クライヴが夕飯をこしらえてくれた。
夕飯はとてつもなく質素な、ヘヘレのサラダとクオンキの煮込み料理だけだった。正直物足りないんじゃないか、と思いつつ、出てきただけでも感謝しなくては、と手を合わせる。
クオンキの煮込み料理にスプーンを入れると、なにやら肉が出てきた。魔物肉のようだ。かじってみると痺れるような辛さだ。
「こ、これなんの肉です?!」
「火炎草っていうモンスターの肉だよ。辛くておいしいでしょ」
有菜は辛くておいしいの範疇を超えたチャレンジグルメだと思った。しかも青臭い。
「これを粉末にすればスパイスになるんじゃないですか?」沙野がぱくぱく食べながら言う。辛くないのか。
「うーん残念ながら香辛料にはならないんだ。香辛料は食べ物を日持ちさせるためのものだけど、これはすぐ腐っちゃうし乾かすために陽に当てるとじくじくになってダメになるんだよ」
なるほど。陰干しはダメなんだろうか。
「陰干しは試してみたことがあるけど、日陰だとカビるんだ」
どのみちだめなのか。それじゃあ仕方がない。
「それに本来魔物の肉は人が食べられるようにはできていないんだ。それを無理に食べてるのが現状。だから女神さまの泉が必要になる」
魔物は女神の弟の悪鬼の眷属で、その肉ばかり食べていると体に魔力と一緒に毒が溜まる。マンドレイクの芽を引っこ抜いたときと同じだ。その毒を打ち消してくれるのが女神の泉の水なのだ。
「神話によるとね、女神の弟が悪鬼になる前の、人が野菜と家畜の肉だけで暮らせた時代の人々は、魔法が使えなかったかわりに女神さまの泉がなくても生きていけたらしいんだ」
そうなのか。女神の弟許すまじである。
「有菜ちゃん、『許すまじ』って最近『許す・マジ』だと思ってる人がいるらしいから使いどきに注意した方がいいよ」
沙野の謎の忠告。とにかくシヤ水を飲みながら、どうにか激辛スープを食べ終えた。ヘヘレのサラダがおいしい。そして汗がスゴい。風呂に入りたいがそんなもんない。
体がホカホカして、その晩はゴキゴキにならないで寝ることができた。翌朝女神の泉の水を飲むと、汗をかいていたのが嘘みたいにサッパリした。やはりあの汗は魔物の毒の作用だったらしい。
さて、トリモチを見に行く。見るとやっぱりいささか不気味な緑色の小鬼が捕まってバタバタしていた。大成功らしい。
「これはうまく行ったぞ。先発で偵察にきたゴブリンが捕まって、それが帰ってこないから様子を見にきた本隊も捕獲した。さらにそれが不安を煽って、巣穴に残っていた弱い個体も出てきて、それも捕まえた感じだね。魔法封じで連絡を取れなくしたのが効いた」
「あの、でもこれどうするんです……? 触ると死ぬまで取れないのを、どう片付けるんですか?」見ていたルーイが心配そうな顔をした。
「凝結の魔法でコチコチに固めてしまうしかないね。それを森に捨てる」
というわけで魔法でトリモチとゴブリンをブロック状に固めて、村人たちがそれを森に捨てた。それを見て安心して、有菜と沙野は現実に帰ってきた。
……現実はすっかり夜だった。スマホを取り出す。家族からのメッセージが大量に溜まっている。時刻は11時だ。
やばい、門限どころの騒ぎじゃない。下手したら警察が動いているかもしれない。急いで帰ろうとすると、太嘉安先生が現れた。
「向こうとこっちは時間の流れ方が違うから、こういうこともある。親御さんにはうまく説明した。先生が送ろう」
太嘉安先生のコンパクトカーに乗ってふたりは家にそれぞれ帰ることになった。太嘉安先生が、「何か言われたらこの画像見せて」と、なにやら画像を送ってきた。
どうやら、「園芸部で世話している月下美人が咲きそうで、一晩しか咲かないから観察することになった」と説明したらしい。有菜は家に帰って、そう説明した。
すんなり信じてもらえた。夕飯もあった。ありがとう太嘉安先生。有菜は夕飯のカレーを食べながらそう考えた。
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