#17 魔法は科学となにが違う?
まずクワを使って畑の周りに溝を掘る。
その溝に、余ったマルチを敷いて、溝を掘るとき出てきた石で端を押さえる。
果たしてこんなので大丈夫なんだろうか。とりあえず、泉の水を汲んできて流す。もう濁りはほとんどない。
しかし有紗は、これくらいの溝なら余裕でジャンプできるんじゃね……? と思っていた。子供だって渡れる幅だ。
そこのところを、切り株に座って様子を見ていたオリビア婆さんに聞いてみる。オリビア婆さんは、
「魔物は女神さまの加護のあるものには近づけない。女神さまの泉の水は、野菜に吸い込まれてただの水になるまでは強い加護がある。だから私の生まれた村では泉の水を村の堀に流してたんだ。……そのせいで泉の水を使いすぎて、村人は散り散りになって私は娼館に売られちまったわけだが」
と、年寄りらしい昔話を交えてそう答えた。
とりあえず1日凌げればいい。夜呼びが飛び交いだしたので二人は現実に帰ってきた。
「なんていうか、獣害というよりは人間の野菜泥棒を想定したほうがいいのかも、ゴブリン」
沙野の言葉に有菜は頷く。確かに、ゴブリンはふつうの村人の使えない魔法を使って電柵を破壊した。たぶん魔物だから、魔法が当たり前に使えるのだろう。魔法の魔は魔物の魔だ。
「野菜泥棒かあ……どうしたもんじゃろ」
有菜がキャラクターを作りつつそう言うと、沙野はフフッと笑った。
「あの世界、犬はいないのかな。犬がいれば泥棒はこないよ。東京の高級住宅街で泥棒に入られると、お巡りさんが『犬をお飼いになることです』って言うんだって」
「この辺だと『まず鍵かけだスな』って言われるだろうね」
有菜のセリフに沙野がまた笑った。
「牛がいるのは間違いないんだよね……それなら犬がいてもおかしくないと思うけど……」
二人がトボトボと校門を出ると、どこかで見た軽トラが止まっていた。
「よっ」
石井さんだ。相変わらず土で汚れた作業着を着ている。石井さんは助手席から瓶入りのトマトジュースを2本取り出して有菜と沙野に渡した。
近くの公園に集合して、3人でトマトジュースを飲む。
「オリビア婆さん元気なのかあ。あの人若いころすげえ美人だったらしいぞ」
「それはともかく、電柵をゴブリンに突破されちゃったんです。どうしたものでしょうか」
沙野が真面目に言う。石井さんは、
「あの世界の『魔法』ってもんは、そもそも科学とは別物なんだよ」と言い出した。
どうやら、あの世界の『魔法』というものは、この世界の科学法則に従っていないものらしい。全くというわけでなく、もちろん火炎魔法を水で消すことはできるしその逆もしかり、なのだそうだが、それでも魔法で発生するものはふつうに科学に則って発生するものではないらしい。
魔法で出す火は燃料も温度も必要でない。魔法で出す雷も雷雲を必要としない。つまり電柵に走らせた雷の魔法はそもそも正確には電気ではないのである。スタンドライトがちゃんと点かなかったのも、それが理由だ。つまりニクロム線は使えない。振り出しに戻る、である。
それとは別に、科学の諸々の法則は存在していて、そちらはなんの研究も進んでいないらしい。なぜなら、魔法のほうが便利だからだ。
なるほどなあ、と有菜はおいしいトマトジュースを飲みながら考える。
「ところであの世界に犬っているんです?」
と、沙野。
「いや話飛躍したな?! いや確かに俺らもずっと考えてたが、わからねーというのが正直なとこだな……それに魔法使う相手に犬が対抗できるのかというのがわからんな」
そうなのであった。人間なら犬に吠えられれば逃げるが、魔法の使えるゴブリン相手に犬が役に立つのかはわからない。
ゴブリン、手強いぞ。有菜はそう思った。
翌日、園芸部の活動もそこそこに、二人は異世界に急いだ。
とりあえず畑に被害は出ておらず、クライヴも帰ってきていた。クライヴは堀について、
「ずいぶん大胆なことをしたね……」と呆れ顔だ。
「だって魔法使える人いないんですもん」
「そうだった……とりあえず泉に詫びにいこう」
「泉に……詫びる?」
「泉は女神さまの恵みで憐れみだ。それを無茶な使い方でたくさん汲んだわけだから、謝るのが筋だよ」
というわけでみんなで泉の前に集合し、頭を下げる。
「女神さま、我らの行為をお許しください。そしてこれからもどうぞ弱き我らにお慈悲をお与えください」
クライヴの言葉に反応するように、水面がゴボリと泡立った。
「お許しくださったようだ。じゃあ、今度こそゴブリン対策を考えよう」
そっちが肝心なのであった。
さて。
電柵は掘り起こしたものの、もう満足な防備とは言えないだろう。
「ツボを並べて、そこに近づくと炎の魔法が出るようにするとか」有菜の提案に、沙野が、
「それやって失敗したら焼畑農業になっちゃう」とツッコミを入れる。
「うーむ。ゴブリンだけダメージを受ける毒とか……そんな都合のいいものないか」
「ないねえ……そんなのあったらこちらの農民もうちょっと裕福だよ……」クライヴがため息をつく。
有菜はふと、
「ネズミ捕り粘着シート作戦でどうですかね」と、思いついたことを提案した。
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