#16 電柵、突破される

 課題は山積しているものの、ビニールハウスを建てると啖呵を切ってしまったからにはやらないわけにはいかない。クライヴをうらめしく思いつつ、有菜と沙野は異世界に向かった。

 正直なところ自分たちでビニールハウスを建てられるとは思えないのだが、あちらの世界のひとたちの期待を裏切るわけにいかない。なにか、あちらの世界だからこそできる方法で、なんとかするほかないと有菜は考えていた。

 異世界に到着すると、ルーイが困った顔をしていた。

「あっ、アリナにサヤ。ゴブリンが電柵を突破する方法を覚えちゃったんだよ」

 電柵を突破するって、どうやって? そう思ったら沙野が、

「あれは雷魔法を使ってるから、対抗属性の魔法で打ち消せるのかも」と言った。沙野に対抗属性ってなんだ、と尋ねると、

「ピカ●ュウの攻撃はイシ●ブテには効かないでしょ?」と、よくわからない比喩で説明された。

「要するに、岩とか土は電気を通さない、ってこと?」

「そういうことなんじゃないの?」

「うん、まさにそうなんだ。土属性の魔法で、電柵を壊しちゃうんだよ」

 なるほど。ようやっと理解が及んだ。

 電柵を見ると確かに土で埋もれている。掘り返したところでやっぱり土属性の魔法で壊されるのがオチだ。

 なにかいいゴブリン退治のアイディアはないだろうか。

「巣穴は全滅したって言ってなかった?」

 沙野が鋭く尋ねる。ルーイは肩を落として、

「別の勢力がもう村の近くまで来てるんだ。ゴブリンにはエウレリアの価値は分からないだろうけど、クオンキとヘヘレがこっぴどくやられてしまって」

 どうやらゴブリンというものはとにかく人間の生活圏に近寄ろうとするらしい。どうにかしなくてはならない。

 しかし害獣対策、害魔物対策? で園芸部ふたりが知っていることは電柵を建てることくらいだ、なにも思いつかないのが正直なところだ。

 なにかないか、と二人で知恵を出す。

 ふと、有菜は「この世界には魔法がある」ということを思い出した。もしかしたら、現実世界とは違うアプローチで、魔物避けをする方法があるかもしれない。

「クライヴさんに相談した?」

「神官さま? 神官さまは長老会に呼び出されて都まで出かけてしまったよ」

 うーん詰みだなあー!

 そう思っているとなにやら鳥が飛んできて、礼拝所の窓に入っていった。

「あっ、手紙だ」

 ルーイが礼拝所に駆けていく。二人はそれを追いかけた。

 礼拝所に入ると、窓にハトに似た、でも全体的に青っぽい色の鳥がいて、ルーイはその足元に括られていた手紙をほどいた。そしてため息をつく。なにか悪いことが書いてあるのだろうか、と心配すると、

「この村の人間は基本的に読み書きが苦手なのを、神官さまは時々忘れるんだよなあ……」

 と、予想外のぼやきが出た。

 確かにジャガイモ渡来以前のヨーロッパみたいな世界だ、農民が満足に読み書きできるとは考えにくい。

「ちょっと見せて」と、有菜が提案する。沙野が、

「異世界の文字なんて読めないよ」と言うのだが、有菜はふつうに日本語が通じるのだから読めるのでは、と言って、ルーイから手紙を見せてもらった。

 

 ……結局、読めなかった。

 異世界の文字は中世ヨーロッパの書物のような、ちょっと厨二病の入ったフォントの、羽ペンで書かれたものだった。どうしよう。

「この村ってマジでだれも読み書きできないの?」

「うーん……あ、オリビア婆さんなら読めるかも。もともと里の娼館で働いてて、物を売りに行ったこの村の人と一緒にきた人だから」

 娼館、という言葉が当たり前に登場して、ああここは本当に異世界なんだなあ、と有菜と沙野は思った。とにかくそのオリビア婆さんに会いにいく。


 オリビア婆さんは、婆さんと呼ぶにはずいぶんしゃっきりした年寄りだった。クライヴからの手紙を渡すと、

「どれどれ……うん、長老会の仕事は終わったから、これから帰ってくる、とあるね。ええと……マレビトの技術を提供することで、この村はお咎めなし、だそうだよ」

 お咎めなし、ということは、やはり有菜と沙野がここにくるのは咎められることのようだ。

 なんとなくしょんぼりしていると、

「あんたたちがしょげてどうするのさ。悪いのは都の長老会」と言われた。そうだ、マレビトを悪いものだとするのは長老会が勝手に決めたことだ。この世界の女神さまの教えではない。


「さて……鳥の速さでいま着いたってことは、馬車ならあと一日あれば着く感じかね」

 ずいぶん遠い未来である。とにかくゴブリン対策をしなければならないのだが、この村で魔法を使えるのはおそらくクライヴだけだ。それでは、電柵と違う方法でなんとかするのは難しい。夜になればこの村は魔物に囲まれてしまう。

「なにか考えなきゃ……」

 ルーイが考えこむ。

「女神さまの泉で、お堀でも作ったらどうかね」

 と、オリビア婆さんが言う。

「女神さまの泉のお堀?」

 沙野が尋ね返すと、オリビア婆さんは、

「私の生まれた村じゃ当たり前だったよ。一時凌ぎにしかならないだろうけど……魔物は女神さまの力を怖がるからね」

 というわけで、畑に堀を作るという前代未聞の計画が立ち上がった。

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