#15 異世界の食糧事情

 マリシャはカレーを一口食べて、

「……おいしい」と呟いた。そりゃそうだ、この世界の食生活を思うとカレーライスなんて天上の食べ物だろう。

 そこから先、マリシャはすごい勢いでもぐもぐぱくぱくとカレーを食べて、きれいに平らげた。それから少し考え込んで、

「あちらの世界では、これは当たり前の食べ物なのか?」と尋ねてきた。

「そりゃもう当たり前ですよ。子供の大好物です」有菜は別に自分の手柄でもなんでもないのに、胸を張った。

「こ、子供……? こんな香辛料をたくさん入れた料理を、子供が食べるのか……?」

「そうです。子供が気軽に作って気軽に食べます」沙野も胸を張る。レトルトの話らしい。

「……この穀物は?」

「コメです!」

「コメ」

 通じなかった。有菜は慌てて、

「水田というところで育てる、稲という植物から採れる穀物です」と付け加えた。

「イネ……聞いたことがない……」

 そりゃそうだ、異世界にコメがあるとは思えない。

「あの、これデザートにどうぞ」

 沙野が素早くネット上の紛争の火種になりがちなチョコレート菓子(山に生えてるほう)を取り出す。マリシャはおっかなびっくりパッケージを開けて、チョコレート菓子を口にいれた。

「おいひい……」

「カレーのあとはコーヒーですね」

 有菜はカバンから缶コーヒーを取り出す。マリシャはしばらく缶コーヒーを眺めて、

「金属の筒に飲み物を閉じ込めてあるのか」と、プルタブを迷わず開けた。

 ゴキュゴキュゴキュ……と安い缶コーヒーを飲み、マリシャは、

「この飲み物はチョコレートにも合うしカレーにも合う……なにを煎じた茶だ?」と尋ねてきた。

「コーヒー豆というのを焙煎して砕いて、そこにお湯を注いだものです」

 有菜はそう答えた。マリシャはうまそうにコーヒーを飲んで、

「コーヒー豆か……それもあちらの世界にしかないのだろうな」とため息をついた。


 現実世界の食べ物でたっぷりもてなして、マリシャは喜んだ……と思いきや悩んでいる。

「これだけもてなされて年貢ばかりかすめるのもおかしい話だ……かと言って長老会の決めた年貢は納めてもらわねばならんし……」

「じゃあ折衷案はいかがですか」クライヴがそう提案した。

「折衷案?」マリシャは首を傾げる。

「このマレビトたちはこの世界に、さまざまな革新的農業技術をもたらしている。その技術を王国じゅうに広めるかわりに、我々からの年貢を差し引いていただけませんか」

「革新的農業技術?」

「あの雷魔法の柵はゴブリンを寄せ付けませんし、このとおりエウレリアは寒さに当たらないで育っている。他にも野菜の調理に新しい技術が次々」

 クライヴが盛って言うので、有菜と沙野は慌てた。そんな立派なものじゃない。そう言うと、

「君たちがこの世界にもたらした農業技術は素晴らしいものだよ。いずれはビニールハウスだって作るつもりなんだろう?」と、クライヴは笑顔だ。


 ビニールハウス。

 確かにそれが一番の目標であるのは確かだ。暖房設備に使うニクロム線はどうするかとか冬の雪はどうするかとか、課題は山積しているが、それが作れたら冬に食べ物を生産できる。

 そうなったら、この世界の人たちの食糧難は少しはマシになるのではあるまいか。


「ビニールハウス……とは、なんだ?」

「透明な布みたいなので小屋を建てて、中で暖房を焚いて冬でも野菜を採れるようにするものです。春や秋も寒さに当たらないで野菜が作れます」

 有菜の説明をふむふむと聞いて、マリシャはにこりと笑顔になった。笑っていれば結構かわいい顔だ。

「それは素晴らしい。長老会に報告しよう」

「王様には言わなくていいんですか?」

「王陛下はまだ6歳の子供だ。事実上国政は長老会が行っている」

「わあーお安徳天皇」沙野が盛り上がる。いやそれ平家滅亡のとき海ではかなくなられるから……。

 というわけで、接待は大成功だった。村人たちはマリシャに、里で作物を換金したお金を差し出した。マリシャはその一割を村人に返した。

 村人たちは寛大なマリシャに感謝の言葉を口々に言って、マリシャも嬉しそうにしている。

 有菜はそこに「優しい世界」を見た気がしたが、しかし優しい世界というには状況が厳しいことに気付く。そうだ、この世界は食糧難にたびたび遭っているのだ。

 マリシャが帰って、ルーイが近づいてきた。

「ありがとう、二人のおかげで穀物を買って冬支度するのが楽になりそうだ」

「穀物ってそんなに貴重なの?」

 沙野の疑問にルーイは困った顔をして、

「うん……里のはずれに畑があって、そこの人から買うんだけど、貴重だから冬はずっと薄いお粥だ」と肩をすくめた。

 それはまさに食糧事情がよくないというやつだ。冬以外では野菜やモンスターの肉を食べられても、冬がそんなだったら春に力が出ないのではあるまいか。

 なんとかしなくてはならないのではないか。有菜と沙野は難しい顔で考えたが、夜呼びが飛び交い始めたので帰ることにした。

 二人は下校しながら、

「朝ドラだったらえねっちけーに米俵が届くやつだ……」と、悩んでいた。

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