#13 異世界で電化製品は使えるのか?
有菜はいちおう、沙野に明日異世界へ電化製品を持ち込んでみる、という話をLINEした。沙野からはなにやらかわいいスタンプで「りょうかい」と返事がきた。
さてその翌日、二人は異世界にスタンドライトを持ち込んでみた。クライヴは興味深げにそれを眺めて、
「これがあちらの世界の文明かあ」と、スタンドライトをひっくり返したり蛍光灯を外してみたりしている。
「ここから電気を流すんですけど……」
有菜がそう言うと、クライヴはコンセントを握って、電柵のときと同じ雷魔法を流し込んでみた。
結果は成功とも失敗とも言えないものだった。
蛍光灯は一瞬光りはしたものの、すぐボカンと爆発して、あたりにガラスの破片が飛び散った。クライヴはあわてて、
「大丈夫かい?! 怪我とかしてない?!」と二人を心配した。
「だいじょぶです」
「わたしもとりあえずは」
「そうか……どうやら電柵よりずいぶんと複雑な仕組みのもののようだね。それじゃこの世界の雷魔法じゃどうしようもない」
クライヴはため息をついた。
その日もエキ・ロクのお茶を飲んで、ヘヘレの畑を見学した。青々と繁った、柔らかそうな葉っぱがたくさん生えている。これをサラダにして食べるとおいしいのだそうで、いまは早生のものが収穫の最中だ。
「ヘヘレは夏のあいだずっと採れるからね。この村では夏の終わりにこれを漬物にして、冬に備えるんだ」
ルーイがそう説明してくれた。漬物。沙野はふむふむと頷いて、
「うちの祖母が言ってた。子供のころ冬の野菜はだいたい漬物だったって」と答えた。
そうか、冬に生野菜の食べられる環境というのはすごく贅沢なものなのか。
「ここ、炭水化物はなにで摂るの?」
有菜がそう尋ねると、ルーイはよくわからない顔をしたので、有菜は、
「要するに穀物とか芋とかそういうの」と説明する。
「穀物なら秋に、麓のひとと物々交換で手に入れるよ。それから秋にはここだとウーっていう芋が採れる」
「ウー」有菜がオウム返しするが、まるで不機嫌な犬の唸り声みたいだ。
「ウーはもともと森で採れていた芋を、畑で育つようにしたものなんだ」
「森?」
沙野と有菜は顔を見合わせる。
「森は恵みもたくさんあるけど、とても危険なところだから、簡単に入っていくわけにいかないでしょ。それで、何十年も前に、森から葉っぱを茂らせた状態でこっちに持ってきて、畑に植えてみたんだ。そうしたら女神さまの力でますますおいしくなったんだよ」
なるほど。品種改良というやつか。
「まあ秋の間の蓄えなんて春には底をつくから、雪がとけたらジキを早めに収穫しなきゃいけないわけなんだけど」
「じゃあジキは秋に植えるの?」
「うん。春になると雪がとけて、女神さまのお慈悲の水を撒けるんだけど、水を撒いた次の日から極早生が収穫できるようになるんだ」
なるほど。本当にこの世界の野菜は女神の力がないと育たないのか。
有菜はしみじみと女神の恵みに感動したが、沙野のほうは「どう●つの森のはにわだ……!」とあらぬ方向で感動していた。
とにかく電化製品を動かすのは諦めたほうがいいようだった。有菜は残念に思った。やっぱりビニールハウスを建てるのは無理なのだろうか。
クライヴとルーイにお茶のお礼を言い、それから泉はどうなったか訊いてみる。いまではすっかり濁りもおさまり、でも一応沸かして飲んでいるという。
二人は現実に帰還して、電化製品は動かせない、という結論にしょんぼりした。現実に帰ってくると、太嘉安先生が電熱器でお湯を沸かしていた。
「おかえり。いまお湯を沸かしているから、沸いたら紅茶にしないかい。料理部から押し付けられたケーキもあるよ」
「やったー!」と、沙野のわかりやすいリアクション。エキ・ロクのお茶はおいしいのだが、素朴すぎるのだ。現代で当たり前のお茶とはおいしいの方向性が違う。
「あの、先生。この世界の食べ物と、あっちの世界の食べ物は、おいしいのベクトルが違う気がするんですよ」
「おいしいのベクトルか。言わんとすることは分かるよ。あちらの野菜は、味付けや調理に頼らずとも、しっかりとおいしい。しかし洗練されていない。その違いかい?」
「はい。そういうことです。でも、あっちの世界……すごく食糧事情が悪いじゃないですか」
「ジャガイモが渡来する前のヨーロッパみたいな感じだからね。あの村の地形では大規模な穀物の栽培もできないし」
「なんとか、電気や石油製品に頼らないで、ビニールハウスみたいなものをうまくやる方法ってないですかね……?」
有菜の言葉に、太嘉安先生はしばらく考えこんで、
「あちらの世界には魔法があるけれど、それだって長期間継続的に発動するのは難しいのではないかな。我々には使い方がわからないからどうとも言えないのだけれど」
「有菜ちゃん、これは?」
沙野が電熱器のプラスチック部分をたたく。有菜ははっと、電熱器はニクロム線に電気を流すだけ、要するに電柵と同じ造りであることに気づいた。それなら魔法の壷でどうにかなる。
「――これだ。これしかない!」
ニクロム線をどこで手に入れるかとか、そういうことを抜きにして、二人はハイタッチした。ちなみに料理部から押し付けられたケーキは、ボッソボソで端的に言ってまずかった。
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