#12 女神の泉と唐突なひらめき
OBたちがいまも異世界のことを心配していいると知って、では異世界の人たちもOBたちのことを心配しているのではなかろうか、と有菜は風呂場で考えていた。
それに土方さんも石井さんも、悪そうには見えるのだが、よくよく考えれば園芸部で花や野菜の面倒を見ていた人だし、いい人なのかもしれない。
ちゃんと帰りたい時間に帰らせてくれたし、少なくとも手篭めにしようとか脱がせようとかそういうことは考えていないのではないか。
有菜は自分の頭の中の先輩二人が、あまりにも悪い人で思わず風呂場で笑った。湯あたりしかけていたので慌てて風呂から上がる。
次の日、有菜と沙野は異世界で、クライヴに諸先輩のことを聞いていた。
「ああ、イシイくんとヒジカタくん。あの二人はよくぽてち? を持ってきてくれたっけ。イシイくんがあんまりうまそうにクオンキの実を食べるものだから、ルーイの父さんがよく『こっちの世界で農家になれ』って言ってたなあ」
ルーイの父さん。流行り病で死んでしまったという人だろうか。そこの話を訊いてみる。
「流行り病の年はひどかったなあ……健康な大人が次々かかって、女神さまの泉も濁って……」
「それ、泉が濁ったから病気が流行ったんじゃないんですか? ここの泉って、なくなると人が生きていかれなくなるんですよね」
沙野がずばっと指摘する。クライヴはなるほど、という顔をして、
「そういう考え方があったか。その可能性はありそうだ」と、真っ白い髪を指に絡めた。
「し、神官さま!」
村の人が礼拝所に飛び込んできた。クライヴは顔をあげて、
「どうしました」と返事をする。
「泉が、流行り病の年みたいに濁っちまって……!」
「な、なんだって?!」
クライヴは粗末な木のスツールから立ち上がった。スツールはがたた、と音を立てて倒れた。
みんなで泉を見にいく。確かに、濁り湯というよりは泥が混じったような汚れ方をしている。これをそのまま飲んだら確実にお腹を壊しそうだ。
「ううーむ……隣村に水を分けてもらうしかないかな……」
有菜は、必死で考えた。クライヴはそう言うが、隣村の泉だって有限なわけだし、いちいち生活用水を大量に運ぶのは現実味が薄い。なにかないか。なにかないか。はっと閃いたのは、夜中に目が覚めてテレビショッピングを観ていたとき紹介されていた商品だった。
「これ、炭を入れればきれいになるかもしれないです」
有菜は、テレビショッピングの、天然素材浄水器を思い出していたのだ。都会のまずい水がおいしくなる! というふれこみだったやつ。
都会の水の体によくない成分がきれいになるなら、こういう見るからに分かりやすい汚れは簡単にやっつけられるのではないか、と思ったのだ。
「炭……って、あの火をつける炭?」
クライヴはよく分からない顔をしている。
「そうですその炭です。炭には細かい穴が開いていて、それが悪い成分を吸って濾過するんです」
「……都で王侯が飲む酒は、炭で濁りをとると聞いたことがある。やってみよう」
クライヴがそういうと、泉のことを教えてくれた村人が、炭をかかえてやってきた。それを、目の荒い布の袋に入れて、泉に入れる。
最初は炭の微粒子が巻き上げられて、ちょっと濁りがひどくなった。しかし次第に、濁りは薄まってきた。
「おお、ずいぶんきれいになった。飲めるかな」
クライヴはひしゃくで水をすくって啜ってみた。目を閉じて水の味を確かめる。
「うん、沸かして飲めば大丈夫だと思う。ありがとう、素晴らしいアイディアだった」
「よかったあ」
有菜はほっとため息をついた。
炭を持ってきてくれた村人は、どうやら村の隅でちいさな炭焼き小屋をやっているらしい。この世界の炭はそれほど高温で作られたものでないので、備長炭のようにキンキンの炭ではないようだ。
「てゆか沙野ちゃん、炭と薪ってなにが違うの?」
「うーん……ここじゃグーグル先生使えないだろうし……あ、繋がった」
沙野がスマホをカカカカカと操作する。ここ、ネット繋がるんだ……。
「炭は火力が安定するから料理用で、薪は調節が難しいけど火が立ち上るから焚き火用なんだって」
「なるほど……」
「アリナさん、知らなかったのかい?」
「はい。もとの世界だと普通にIHヒーターとかガスなんで……」
「あいえいちひーたーか。イシイくんとヒジカタくんも時々教えてくれた。火を使わなくても焼いたり炒めたりできる機械のことだね」
「……あ」
有菜は気づいてしまった。
魔法つかえば、電化製品動かせるんじゃね?
「どうしたんだい?」
「魔法で、向こうの世界の電化製品動かせないですかね。IHヒーターもそうだし、電熱ストーブとか……」
「あの電柵みたいに、魔法であっちの世界にあるものを再現するということかい?」
「大雑把に言えばそういうことです」
「そうか……あ、夜呼びが飛んでる。そろそろお帰り」
「はい。それじゃ」
「ではまた」
という調子で、二人は現実世界に帰還した。
「有菜ちゃんすごいこと思いつくね」
「いや……上手くいくとは思わないけど……」
有菜は家に帰って、部屋の端っこに放置していたスタンドライトを、なるべく小さくして、リュックサックに押し込んだ。
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