#11 OBたちの秘密基地

 近々お代官様がやってくる、という話を聞いた日、現実世界に帰ってくると、何故か土方さんが悪い笑顔で待っていた。

「よう、有菜、沙野。ちょっと面白いとこいかないか」

「カラオケかなんかですか?」

「いや。俺らの秘密基地だ」

「……どうする、沙野ちゃん」

 沙野は長考する棋士のように空を見上げてから、

「具体的になにするんですか? 悪いことだったらしませんよ」

 と、大真面目で土方さんに答えた。

「悪いことでもなんでもない。いまの異世界の様子を聞かせてほしいんだ」

「異世界の様子?」

 有菜の疑問に、土方さんは頷いた。

「俺たち羊歯高校園芸部OB会は、現役の部員から話を聞きとって、あっちの世界のようすをまとめてるんだよ」

「なんでまたそんなことを」

 沙野が面倒臭そうにそういうと、土方さんは、

「俺らもあっちでめちゃうま野菜いろいろ食わしてもらってるからな。そのお礼をいつかするために、あの世界の様子を記録してる」と、真面目な口調で言う。

「なるほど……」有菜は納得した。しかし沙野がツッコミを入れる。

「いや有菜ちゃん納得しちゃだめだよ、居酒屋に連れ込まれて飲まされて潰されてオモチャにされるよ」

「いや、俺そんな悪く見えるの?」

「はい」

 沙野がはっきりと言い切った。確かにこの間顔を覗き込まれたときは品定めされているように感じた。あまりいい印象もない。

「ホントになんもしないって。これ証拠な」

 土方さんはポケットから車の鍵を取り出した。車で来たということは飲酒できない。というわけで、有菜と沙野はちょっとでもヤバかったら逃げよう、と決めて、土方さんの軽ワゴンに乗り込んだ。なにやらごちゃごちゃ飾りがついていて、車内はとっ散らかっており、芳香剤の安っぽい匂いもする。土方さんはスマホをカーステレオに接続して、爆音でアニソンを流し始めた。

 土方さんの運転で連れてこられたのは、どこかの農作業用の小屋だ。すでに軽トラが一台収まっていて、誰かがトマトの選別をしていた。

「石井ちゃん、後輩連れてきたぞー」

「おー土方ちゃんおつでーす。うわ、ほんとにかわいいじゃん」

 明るいノリで応じながらトマトを選別しつづけている若い男性が、「石井ちゃん」のようだ。これまた悪い仲間と遊んで二十代前半を満喫しています、という風情の若者だ。作業着を着ている。土方さんと違うのは、土方さんの作業着が焼けこげの跡があるのに対して、石井さんのほうは土で汚れていることだ。ガチの農家だ!

「初めまして。有菜です」

「えっと、沙野と申します」

「そーゆー堅苦しいのいいから。俺は石井でいいよ。トマトジュースでいいか?」

「あっ俺のタバスコ入れて」

「おめーに飲ませるトマトジュースはない!」

 コントのようなやりとりである。

 どうやら売り物にならないトマトで作ったらしいトマトジュースが出てきた。二人はそれを飲んでみる。うまい。トマトがぎゅっと詰まっていて、これを飲んだら紙パックのトマトジュースなんて味がしないも同然だ。

 石井さんは、

「で、あっちはどうなの。そろそろエウレリアの種まきの時期だろ?」と、尋ねてきた。

「あーそうです。育苗ポットとマルチ持ってったらめちゃめちゃ好評でした」

 石井さんはハッハーと笑った。

「考えもしなかったー! もっぱらポテチを差し入れしてたわー」

「で、代官さまはいまも真っ赤な髪にすっごい乳のビキニアーマーお姉さんなの?」

「はい。マリシャさんですね」

「クライヴ元気?」

「元気ですけど、そんな前からあの村にいるんですか? 若そうなのに」

「あー、クライヴは歳とらないんだわ。神官の秘伝を受け継いでるから。たぶん殺されないかぎり死なないと思う。マリシャさんもたぶんそうだ」

 なかなかの驚き案件だった。

 有菜と沙野は、石井さんと土方さんに、淡々と異世界のことを話した。都市部の食糧不足の話をすると、

「俺らのときはそこまでじゃなかったなあ……」

「ああ……きっとエケテの村みたいな農村がいくつかやられたんだろうな」

 と、静かに話した。

「やられる……って、礼拝所にいればモンスターは入ってこないんじゃないんですか?」

 有菜はそう尋ねた。二人は難しい顔をして、

「あの世界の農民は村を守ることはできる。だが、女神の慈悲の泉が枯れると、人は生きていけなくなるんだ」

「どうして枯れるんですか?」

「例えば、村同士のいさかいで、隣村の泉から水路を作って、それがきっかけで湧く量と使う量のバランスが崩れて水が使い果たされるとか……あの泉だって有限なんだ。それに女神は戦いが嫌いだから、村々がずっと戦ってると枯れちまうらしいんだよ」と、石井さん。

 なるほど。知らないことだった。

 土方さんはなんだかんだ出てきたトマトジュースにタバスコを投入しながら、

「泉が枯れたら他の農村では『泉枯らし』の扱いになって受け入れてもらえないから、都市部に向かう。都市部はよそからきた人に寛容だからな。それで需要と供給が狂っちまってるんだ」と説明してくれた。

「あの世界に、ビニールハウスを建てて、冬も野菜を作れるようにすればいいと思うんです」

「ふむ。それは確かにいいアイディアだ。ただビニールハウスは暖房を焚かなきゃいけない。そうなるとあの村じゃ薪が不足する」

 石井さんの指摘に、有菜はあちゃーとなった。そうだ、ビニールハウスは暖房がいる。

「あの、そろそろ門限なんですが」

 沙野が強い口調でそう言うと、土方さんは有菜と沙野を家の近くまで送ってくれた。

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