#8 ビキニアーマー代官あらわる
エキ・ロクのお浸しがおいしくないことを知ってしょんぼりしながら帰ってきた日の夜、有菜と沙野はLINEでおしゃべりしていた。
「なんか、鬼の連合軍に襲われたわりには、村の人たちも野菜も元気だったよね」
「確かに(カニの絵文字)なにか秘密があるのかな」
というわけで翌日、部活を始める前に太嘉安先生にその理由を尋ねてみた。
「あの礼拝所はどういう理屈かはわからないが鬼の類は入ってこられないらしい。で、野菜は引っこ抜かれたりしても一部でも残っていれば、あの泉の水で復活するそうだ」
おお、やべー水だ。
「そもそもあの世界では、泉のないところじゃ農業ができないんだよ。あの泉がないと、あの世界の作物は育たないらしい」
「じゃあ、あの水をこっちに引けたら、あのめちゃうま野菜をこっちでも育てられるってことですか?!」
「そういうことになるだろうね。現実味は薄いけれど」
有菜は野望を見つけて、煮たジキのごとくホクホクになっていた。
異世界でその件をクライヴに話すと、
「泉の水は女神さまのお慈悲だから、それでちょっとした病気は治るし野菜も育つけれど、別の世界に引いてみようなんて思う人が現れるとは思わなかった」と、びっくりと呆れの中間の顔で言われた。
「やっぱし無理ですかね」
「無理だと思うよ。それに泉の水を引かれてしまったら、この村が成り立たなくなってしまうかもしれない」
それは確かに。頭の中をカニの絵文字があるいていく。
「それより畑で、そろそろクオンキの花が咲き始めるころだよ、ぜひ見ておいで」
と、体よく追っ払われてしまった。
森の村エケテは基本的に涼しいところだが、きょうはなんというか初夏の陽気だ。畑にはなにやらきれいな花がところどころ咲いていた。
ルーイにこれがクオンキの花か、と尋ねると、
「そうだよ。きれいでしょ。切花としても売れるし、花を収穫し忘れても実がなるんだ。その実が甘酸っぱくておいしいんだよ」
なるほど〜。クオンキの花はなんとなくバラに似ていて、とても甘い香りがする。
「見目がいいのは切花にして、そうでないのは実をならせるんだ。たとえばこれ、花びらの先がちょっと傷んでるでしょ? こういうのは放っておいて実をとるんだよ」
ルーイはハサミ――裁縫に使う糸切りばさみにそっくりな、なんだかおっかないやつ――で、きれいに咲いているクオンキの花を収穫している。
沙野が、
「実がなるのはいつごろ?」と、ルーイに訊ねた。
「そうだなあ、あとふた月すれば食べごろかな」
ルーイはそう答えると、花が傷つかないようにていねいに木箱に並べていく。切花として出荷するつもりらしい。
クオンキの花は活けて水を吸わせないと翌朝にはしおれてしまうそうなので、馬車に乗せて急いで里に運ぶそうだ。
「里ってどんなところ?」と有菜は訊ねた。
「ものはいっぱいあるけど、俺はあんまり好きじゃないかな。ガヤガヤうるさいし空気も悪いし」
ルーイは空を見上げた。まだ明るい。夏が近づいて陽が長いのだろう、と思っていたら、村はまだ朝のようだ。
なるほど、これが時間の流れ方が違う、というやつか。園芸部ふたりはしみじみと納得した。ルーイや他の村人の、働き盛りのお兄さんたちは荷馬車に乗り込み、クオンキの花を売りに出かけてしまった。
さて、なにをしよう。草むしりでも手伝うか。ぶちぶちと細かいマンドレイクを引っこ抜いていく。やっぱりマンドレイクの「ぴぎい」みたいな声を聞くとぞわっと悪寒が走る。マンドレイクを引っこ抜き終えて、泉の水を飲む。うまいし悪寒が飛んでいく。
そのときだった。空からバサバサとなにかが飛ぶ音がした。二人が見上げると、それはどうやらドラゴンとかいうやつのようだ。なにやら人工の馬具、いや竜具?のようなものをつけているので、ドラゴン一匹で飛んできて村を焼いて滅ぼそうとかそういうのではないらしい。
クライヴが白装束で慌てて飛び出す。園芸部二人はクライヴの後ろに回る。
ドラゴンは広場に着地して、それからどこを防御しているのかわからない鎧を着たお姉さんが降りてきた。
「クライヴ、やはりこの村はマレビトを匿っていたのか」
なにやら論調があやしい。ドキドキする有菜の横で、沙野が、
「これが本物のビキニアーマーかあ」となぜか納得している。いや納得すんな。てかビキニアーマーっていうのか、これ……。
「いえ。この二人は大神殿に以前連絡した、シダコーコーのエンゲーブです。この世界をどうこうしよう、という子らではない」
「しかし……マレビトは歓迎できるものではないだろう。なんでもこの村に泊めたとか」
「それは夜呼びが出て帰れなくなって仕方がなく、です。あ、その畑の柵に触ると」
しびびびびび、と電柵から雷の魔法が巻き起こった。しかしビキニアーマーのお姉さんは全然平気な顔だ。あんなどこを守ってるのかわからない鎧なのに……。
そのビキニアーマーのお姉さんは、神殿騎士でお代官さまだという。ふたりは代官と言われると時代劇の悪代官しか想像できなかったので、だいぶイメージが違った。
「私はマリシャだ。この村のいろいろの疑惑を確かめにきた」
疑惑ってなんだ。二人はドキドキしていた。
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