#7 新たなる美食の探求

 異世界で現実世界の食べ物をふるまって、エケテの村人にめちゃめちゃ喜ばれたあと、夜呼びが飛び始めたので二人は現実に帰ってきた。

 帰ってくると太嘉安先生がネット上で紛争の火種になりがちなチョコレート菓子(竹になるほう)をぽりぽり食べていた。二人は素直に、異世界に現実世界の食べ物を持って行った話をした。

「それは土方くんに教えられたのかな?」

 はいそうです。そう答えると太嘉安先生は、

「あんまり褒められたことじゃないんだが、まああの世界の人たちは素朴な食べ物しか知らないからね。喜ぶのは当然だ」と答えた。


 さて、その日の夜。沙野から唐突に有菜のスマホにメッセージがきた。

「ジキを薄切りにして揚げたらポテチみたいにならないかな」

 ……なるほど。でもあの世界に潤沢に使える油なんてあるのだろうか。スライムの肝の煮物だって、油分はずいぶん少なかった。

 そう返信すると、まもなく、

「こっちから持ってけばいいんじゃない?」と返事がきた。なるほどその手があったか。

 しかし有菜は祖父母が笑い話みたいに話していた、大昔の総理大臣がイタリアに外遊にいって、オリーブオイルに中ってお腹を壊した、という話を思い出した。あの世界のひとたちに、無理に脂っこいものを食べさせるのはよくない気がする。

 有菜は有菜で、エキ・ロクをお浸しにしてマヨネーズをかけたらおいしいんじゃなかろうか、と思っていた。それを伝えると、沙野はなにやらかわいいスタンプをぼんと送ってきた。同意、ということらしい。

 というわけで、有菜は次の日、リュックサックにマヨネーズのチューブを入れて登校した。沙野は沙野でサラダ油を持ってきていた。


 その日の園芸部の活動のついでに、あの世界の人は脂っこいものに中るのか、と太嘉安先生に二人は尋ねた。太嘉安先生は、

「あの世界にも油自体はあるよ。あんまり食用にしないだけで」と答えた。

「なんで食用にしないんです?」沙野が尋ねる。

「あの世界は密閉できる瓶がないから、放っておくと油がおいしくなくなってしまうんだ。だから料理に使うのはエキ・ロクの種から油の絞れる秋だけ。油を持っていってジキを揚げるという発想はないだろうから、喜んでもらえると思う」と、太嘉安先生は説明した。


 というわけで異世界にやってきた。さっそく、クライヴを捕まえて今回の作戦を説明する。礼拝所の掃除を手伝っていたルーイも、面白そうだとのってきた。

 礼拝所の奥の台所で、沙野が魔法で冷蔵されていた早生のジキを薄切りにする。煮物をするのに使うのだと思しき鍋にサラダ油を入れて、ジキを揚げる。

「揚げたジキなんて初めてだ。おいしそう」

 ルーイが嬉しそうな顔をしているうちに、ジキがこんがりと揚がった。そこに塩をぱらぱらまぶす。

 ルーイがジキに手を伸ばす。かりさくっ、と食欲をそそる音がした。クライヴも手を伸ばす。有菜と沙野も食べてみる。

「これはおいしいね。しかしこの油、ずいぶん澄んでいるね。あっちの世界だとこういう、澄んだ油が当たり前なのかい?」

 クライヴは完全なる「やめられない止まらない」の顔をしてフライドジキをサクサクサクサク食べている。有菜は、

「当たり前っていうか……これが普通で育ってるんで」と答えて、フライドジキをさくさく食べた。ジキは油を吸ってじんわりとおいしい。ポテチより少しもそもそっとするが、それもまたおいしい。コンソメかのり塩を用意するんだった、と有菜は思った。

「よし、じゃあ次はエキ・ロクのお浸しにマヨネーズつけて食べてみようよ」

 有菜はそう提案した。どうやらエキ・ロクのお浸しというのはこちらの世界のひともあんまり食べない食べ物のようだ。女神の泉から水を汲んできて沸かす。そこにこの間の鬼連合軍からかろうじて助かったエキ・ロクを投入する。

「そもそも生のエキ・ロクってどんな味なの?」

 有菜はルーイにそう訊ねた。エキ・ロクを生で食べることはあんまりないそうだ。子供のころ風邪を引いて女神の泉の水だけではどうにもならなくなったときに生で食べた、鼻が詰まっていたので味は覚えていない、とルーイは答えた。


 さて、エキ・ロクがいい塩梅に茹で上がった。よく水気を切り、包丁で切り分け、マヨネーズをかけてみた。

「このまよねーず? っていうのは、なにでできているんだい?」と、クライヴに訊かれて、有菜はマヨネーズがなにでできているかちょっと考え込んだ。考えているうちに沙野が、

「卵と油とお酢と塩でできてるんですよー」と答えた。

 では実食。

 はむっ、とエキ・ロクにかじりつく。

 エキ・ロクは、野生の菜の花みたいな苦い味がした。正直おいしくない。マヨネーズとはあんまり合わないようだ。

「これは醤油と鰹節物件だったか」

 有菜はエキ・ロクを噛みながらそう呟いた。

「でもまよねーず? はおいしいですね、神官さま」ルーイはマヨネーズを味わっている。

「うん。こっちで作れればいいだろうけど、いかんせん卵が貴重なんだよねえ」

 クライヴがため息をついた。卵が貴重って、そんな、戦時中じゃないんだから……と思っていると、どうやら彼らの言う卵というのはニワトリの卵でなくモンスターの卵のことらしい。

 モンスターの卵って、どんな味がするんだろう。そう思っているうちに夜呼びが飛び始めたので、二人はいったん帰ることにした。

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