#6 OBと異世界非常事態

 現実世界に帰ってきて、有菜は太嘉安先生に質問した。

「あの世界の『里』ってどういうところなんですか?」

「実はよく知らないんだ、エケテの村から出ると、しばらく荒れた森が続くらしい。その先に里があるらしいが、その荒れた森というのが、モンスターが頻繁に出没する危険地帯らしいんだ」

「じゃあ、村の人たちは、荒れた森をどうやって越えてるんですか?」

「どうやら、結界の魔法というのを使うらしいんだが、詳しいことはクライヴにも教えてもらえなかった」

 そうなのか。まああの世界の人にとっても、異世界人がいきなりやってくるのは驚くことだろう。とりあえず有菜は異世界の里に降りるのは諦めることにした。

 そんなことをやっているうちに、中間テストがじりじりと迫ってきた。テスト期間はすべての部活が活動禁止になる。それは年中無休をかかげる園芸部もそうだ。

 しかし園芸部が活動を止めてしまうと、花壇に雑草が生えたり花が水不足でしおれたりしかねない。そういうときはOBの先輩が応援にくるのが羊歯高校の園芸部の伝統らしい。

 テスト期間前の土曜日、太嘉安先生から連絡をもらってOBの土方ひじかたさんという人がきた。いかにも悪い仲間と遊んで二十代前半を満喫しています、という印象のお兄さんだった。

「ども。土方です。テスト期間はしっかり勉強するといいぞ」

 土方さんはそう言って頭を掻いた。

「……お前ら、ジキは食べたか?」

「はい! すんごいおいしかったです!」

 沙野がなんの屈託もなくそう答えた。土方さんはハッハッハーと笑うと、

「ジキうまいもんなあ。また食いたいんだがOBじゃあっちに行けないんだよ。部員やってるうちにたっぷり食っとけ」

 と、穏やかに笑った。

「OBは行けないんですか」有菜は確認した。土方さんは、

「どういう仕組みだかわからんが、高校を卒業しちまうと行けなくなるんだ。だからいまのうちに満喫しとけよ」と、有菜の顔を覗き込んで言った。ちょっと品定めされているように感じた。


 さて、テスト期間の間、有菜はひたすらそわそわして過ごした。あちらの世界で飢饉が起きてないだろうか。次に行ったら村が全滅とか洒落にならんぞ。

 そう思って過ごすうちに、中間テスト当日になった。有菜は自分の頭の悪さにげんなりしつつ、それでもどうにかテストを乗り切った。

 テスト明け一発目、早速異世界に向かう。エケテの村は妙に静かだった。

「どうしたんだろ」沙野がキョロキョロする。有菜は「わかんないけど嫌な感じ」と返事した。

 向こうから鎧を着たクライヴがやってきた。なにがあったんですか。二人がそう尋ねると、

「オークとゴブリンとオーガの群れが里を襲ったんだ。そしてこっちのほうに向かってきている、って話なんだよ。きょうはここにいるのはよしたほうがいい」と答えた。

 沙野いわくオーガというのも鬼の一種らしい。村人たちは礼拝所の地下室に隠れているようだ。

「じゃあ、里は全滅したんですか?」

「話によると神殿騎士が総動員されて戦って、鬼たちは敗走したらしいんだけど、それでも無防備なこの村を襲う気らしい。なんのぶん取りものもなく巣に帰るのも嫌なんだろう。ほら、早くお帰り」

 二人は帰るように言われたが、それもなあ……と、なにかこの村の役に立ちたい、と申し出た。クライヴは首を横に振り、

「ダメだ。本当に命に関わる。帰りなさい」と、強引に帰されてしまった。

 現実世界に戻ってきて、有菜は言った。

「ほらぁやっぱり怖いとこじゃん!」

「でも……わたしたちにできることって本当になんにもないのかな。わたしもあの村の役に立ちたい」

「まあそれはそうだ……」

「よっす」と、土方さんが園芸部の活動場所に現れた。有菜はきょう異世界であったことを、淡々と説明した。

「ああ、それはときどきある。でもまあ、あの世界では当たり前のことっぽいから、そんなに気にしなくていい」

「でも、あたしらあっちの世界の人にめっちゃよくしてもらってるんですよ、なにか役に立ちたい」

「うーん……」

 土方さんは考え込んだ。

「俺たちは魔法を使えないし、武術も知らないし、なんだかんだなんの役にも立てないんだよ。なにか食い物を持っていくくらいしかできないだろうな」

「食べ物」

「おう。ポテチとか持ってくとめちゃめちゃ喜ばれるぞ。あとチョコレートとかカップスープとか。あっちの食い物は味が薄いから」

 なるほど。その日、有菜と沙野はスーパーに寄り道して、小遣いで食べ物をいろいろ買っておいた。


 さて、その翌日。二人はこわごわ異世界を訪れた。村人たちは屋根の葺きなおしや壁の修理をしている。どうやら本当に鬼の連合軍がやってきたらしい。

 畑はめちゃめちゃに荒らされていた。エキ・ロクの畑もジキの畑も、ほかの知らない野菜の畑も、かたっぱしから引っこ抜かれた、という感じ。

「あの。お疲れですよね、あっちの世界の食べ物買ってきました」

 有菜がそう言うと、村人たちが群がってきた。クライヴに怒られるかと思いきやクライヴもきた。みなチョコレートをうまそうにかじっている。

「いやあ、向こうの食べ物はおいしいねえ」

 クライヴはチョコレート菓子をぽりぽり食べている。ルーイも、ビスケットをぱくぱく食べている。

 有菜は、異世界の食べ物と現実世界の食べ物は、おいしさのベクトルが違うのではないだろうか、とちょっと思った。

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