#4 異世界に一晩ご厄介になります
「もう夜呼びが飛ぶ時間なのか」
太嘉安先生は空を見上げた。夜呼び、要するにカラスの禍々しいやつが飛び交っている。
「じゃあ、泉の水も飲んだし、クライヴに挨拶もできたし、帰ろうか」
園芸部一同は園芸部の花壇のあるほうを振り返った。
花壇が、なくなっていた。
そこに続いていたのはエケテの村の風景だ。もう帰ることはできないのだろうか。有菜はドキドキしてきた。
「……ちょっと遅かったか。夜呼びが飛び始めると境目が閉じ始める。もう完璧に閉じてしまったようだね」
「え、じゃあ帰れないんです? 母に叱られる」
沙野がそう呟く。太嘉安先生は、
「こっちとあっちは時間の流れ方が違うから、たぶんあす帰ればちょうど夕方だ」と答える。
「え、でもいままで夕方行って夕方帰るとかだったんですけど」
「なんていうか、あちらの世界の時間の流れ方っていうのは、基本的に幅と水量が一定で障害物のない川みたいなものなんだけれど、こっちの世界はちょっと曲がりくねった川なんだよ」
クライヴがそう説明してくれた。よくわからないが、とりあえず納得して、その日はクライヴの勤める礼拝所の宿坊に止めてもらえることになった。
この礼拝所というのはユーテリア王国ならどこの村にもあるらしく、作りも基本的にどこも一緒なのだという。宿坊はシンプルな一畳ほどの部屋に、薄っぺらい毛布と枕があるだけだ。それが三つほどある。
ユーテリア王国に任命された代官なんかが泊まるのに使うのだ、とクライヴが説明してくれた。この世界のお代官さまは質素倹約を好むらしい。
夕飯は質素な、ジキをモンスターの肉と煮たものだった。モンスターの肉といっても、気持ち悪い感じはしない。というか、インスタ映えしそうな、透明でぷるぷるした塊だ。
「これはスライムの肝です。おいしいよ」
そう言われて有菜は恐る恐るフォークでスライムの肝を突き刺して食べる。確かにぷるぷるしていておいしい。味としては魚のアラだ。くせのない金目鯛の目玉みたいな感じ。
スライムの肝から出た出汁を吸って、ジキはホクホクに煮えていた。ジャガイモのような煮え方をしている。これは今年の早生のものを冷蔵しておいたものらしい。時期でこんなに味が違うんだ、ジキだけに……とつまらないダジャレを思いついて、有菜はそれを忘れるべくジキをもっくもっく食べた。
「スライムの肝おいひー」沙野もおいしそうに食べている。太嘉安先生も、ジキをよく咀嚼している。
それぞれ宿坊に通してもらい、有菜は毛布をかぶって目を閉じた。外からなにやら動物の唸り声が聞こえる。モンスターなんだろうか。
そして毛布一枚ではすごく寒い。手足が冷たい。綿入れ半纏がほしい。有菜は震えながら眠った。
翌朝、ガキガキのゴチゴチになって目が覚めて、有菜はまず礼拝所の外に出た。太陽光線が暖かい。あとから沙野も出てきた。
「さむかったあ」
「さむいねー」
と、二人でミーアキャットの体勢をとる。
「おはようございます」と、クライヴが出てきた。二人とおなじくミーアキャットの体勢だ。
「ここ暖房ってないんですか?」
「冬が終わったばっかりだからどこも薪不足なんだよ」と、クライヴは答えた。
「じゃあこの世界はいま春なんですか」
「そうだね。エキ・ロクが採れてジキが採れるから春だ。そっちの世界は春だときゃべつが採れるんだっけか」
「キャベツとかタマネギとか、ジャガイモとかそういうのが採れます」
「じゃがいも、以前太嘉安にご馳走になったことがあるんだけど、あれはこっちで栽培できたら里の食糧難が解決できると思ったね。泉に水を飲みに行こう」
三人で泉に向かうと、太嘉安先生が先に来て泉の水を飲んでいた。ルーイの姿もある。
「おはようございます、神官さま、アリナ、サヤ」
ルーイが頭を下げる。太嘉安先生も一同に気付く。
「おはよう、有菜さん、沙野さん」
みんなで泉の水を飲んだ。飲んだ瞬間、体の寒さが消えてなくなった。
それを不思議がっていると、クライヴが、
「女神は太陽を司る神だからね。その泉は寒さを駆逐する力がある。この泉は冬でも凍らないんだよ」
と、説明してくれた。
なんとか、開いた境目から一同が戻ってくると、現実世界はまだ夕方のようだった。一同解散する。有菜と沙野は、異世界の話をしたくて仕方がなかったけれど、人に聞かれたらまずいと思って、学校の話をしながら下校した。
クライヴが「里の食糧難」の話をしていたのを、沙野と別れて歩きながら有菜は思い出していた。あの世界では、ちょっと都会にいくと食糧難になっているらしい。なんとか助けることはできないだろうか。だが、あの世界にこちらから植物を持ち込んでも、一世代しか育たないと聞く。
自分達にはどうしようもないこと。そう思えばいいのだろうか。でもそれってSDGsとやらに反するのではなかろうか。いやあの世界地球じゃないけど……。
里ではきっと、早く採れる早生のジキが、春の食料としてありがたがられているのだろう。冬のあいだも野菜を育てることがもしできたら、里の食糧難を解決できるのではないだろうか、と考えて、有菜ははっと思いついた。
「ビニールハウス、建てればいんじゃね?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます