#3 現実世界の菜園計画も忘れずに

「そうかあ、ジキをご馳走になったのか。あれはおいしいからね。こっちの世界の人に教えてあげたくなるけど、絶対に人に話しちゃだめだよ」

 太嘉安先生はそう言った。なんでだろう。そこを訊ねると、

「異世界に簡単に行き来できるなんてバレたらただごとじゃすまないし、あちらの世界の人たちに迷惑をかけたらいけないからね」という返事だった。確かにそうだ。有菜は納得した。

 あちらの世界で電柵を提案した、と言うと、

「あっちの世界は魔法があるからね」と、太嘉安先生は穏やかに答えた。

「さあ、こっちの世界でも花壇計画菜園計画だ。こっちの世界でおいしいものを育てて、あっちの人たちにご馳走しよう」

 というわけで、園芸部はやっと園芸部っぽい活動を始めた。花壇計画、というのは、咲く時期や草丈を考えて花を植える計画を立てること。菜園計画は連作障害なんかに気をつけて、植える野菜を決めることだそうだ。有菜は、

「そんな難しいことするんですね、農業って」としみじみと納得した。

「有菜さんはどうして園芸部に? どっちかって言うとスポーツをやりそうな雰囲気だなあって思うけど」

 太嘉安先生にそう言われて、有菜は少し考え込んだ。そして、

「子供のころのいちばん古い記憶が、『野ギャル』なんですよね」と答えた。


 野ギャル。秋田県民なら覚えているひともいるかもしれない。平成の時代、東京からギャルのお姉さんたちが秋田にやってきて、かわいい野良着を提案したり、実際に田畑をやったりして、いっとき注目を集めたのだ。まあいつのまにか自然消滅していたので、きっと都会のギャルたちにとって秋田県は退屈だったのだろう。


「野ギャル。ずいぶん懐かしい……あのころ君たち3歳とかだろうに」

「そうなんです、いちばん古い記憶が野ギャルなんです。テレビを観ていたらかわいい女の子が田畑を世話してて、大きくなってからそれについて母に聞いたらそれは野ギャルだ、って言われて、それからずっと野ギャルになりたいと思って生きてきました。将来の夢は農家の長男の嫁です」

 有菜がそう大真面目に言うのを聞いて、沙野が思わず噴いた。そりゃ有菜も笑われるのは承知の上なのだが……。

「じゃあ沙野さんは?」

「わたしは有菜ちゃんの金魚のなんとかです!」

 それも堂々と言うことじゃないと思う。

「まあとにかく、菜園計画を考えよう。なにを作りたい? 採れた作物は山分けだが」

「サツマイモがいいです!」そう言って、ちらと沙野のほうを見ると、沙野もそれに賛成だ、と答えた。

「ふむ。サツマイモなら三年くらいなら連作障害を考えなくていいし、ちょうどいいかもしれない。ほかには?」

「パースニップとかコールラビとか食べてみたい野菜はいろいろあるんですけど……」

「有菜ちゃんめちゃめちゃ野菜に詳しいね?!」

「どっちもこの田舎じゃ種が手に入らないなあ。先生は通販とか苦手だし」

「太嘉安先生も詳しいですね?!」

「うーんパースニップもコールラビも無理かあ〜!!!! じゃあトマト! トマトどうです?!」

「トマト。大玉のやつかい?」

「大玉トマトで! プチトマトはまあまあ無理なんで!」

「有菜ちゃんプチトマトだめなんだ?!」

「あのプチってする食感がね……無理だよね」

 というわけで、菜園計画のほうはサツマイモと大玉トマト、それから沙野の提案でルッコラを植えることになった。有菜はルッコラを食べたことがなかったので、どんな野菜か聞いてみると、

「ぴりっとしておいしいよ。サラダにするの」

 とのことであった。品がいい。

 菜園計画はそれでOK。次は花壇計画だ。

 とにかく見栄えがする花を植えたくて、マリーゴールドはどうですか、と有菜が提案した。

「マリーゴールド、どこにでも植えてあるじゃん。ここは帝王貝細工を推したい」と、沙野が言う。帝王貝細工。いかにも沙野の好きそうな名前だ。

 ピンクの帝王貝細工をメインに、紫のサルビアやニチニチソウを植えることになった。花壇計画が初めてのわりに段取りよくやっているね、と褒められて、実際花壇にどう配置しようか、と3人でやっていると、あの澄んだ空気を感じた。見上げればエケテの村だ。

「タガヤス! 久しぶりですね!」と、外の掃除をしていたクライヴに声をかけられた。

「やあクライヴ。元気そうでよかった。ふたりがジキをご馳走になったようだね」

「そりゃあジキ畑を荒らすゴブリンを退治する知恵を出してくれたからですよ。ゴブリンは食料を取りに行く個体が全滅して、巣にこもってる連中は兵糧攻めで全滅したよ」

「それは素晴らしい。泉の水をご馳走になっていいかな」

「もちろん。あの水は体にいいからね」

 太嘉安先生は水をゴキュゴキュ飲んで、

「やっぱりこの水は特別だ」と呟いた。空を見上げると、もう夜呼びが飛び始めていた。

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