#2 電柵を作ろう
初めて異世界に行ってしまった日の翌日。園芸部の二人は花壇の草むしりをしていた。
異世界に行くことができても、結局魔法とか、沙野が言うところの「異能」みたいなのは使えなくて、地道に草をむしるほかない。魔法で草を一網打尽にすることはできないだろうか。有菜は草むしりを承知で園芸部に入ったというのに、草むしりのあまりの面倒さに、「はあ」とクソでかいため息をつくしかなかった。
草むしりをしていると、あたりがだんだん澄んだ空気に変わってきた。少なくとも現代日本の空気ではない。気がつけばやっぱり、きのうルーイに案内してもらったエケテの村だった。
「あ、ルーイ、こんちゃー」と、有菜の口から元気のいい挨拶が出た。ルーイは畑を見つめていたところから振り返って、
「あ、アリナにサヤ。こんにちは」と返事をしてきた。
「なに難しい顔してるの?」と、沙野が尋ねる。
「いや、ジキの畑がまたゴブリンにやられたんだ。ゴブリンは賢いからかかしじゃ追い払えないし、罠で捕まえたところで肉にもならないし」
見るときのうのめちゃうま野菜の畑が荒らされていた。それを見て沙野が、「ゴブリンスレ●ヤーさん……!」と謎のセリフを発した。
「うかつに夜に見回りをするともっとおっかないモンスターに出くわすかもしれないし。どうしたもんだろう」
「柵とかはないの?」沙野が訊ねる。
「柵かあ……ゴブリンならぶっ壊して入ってくるだろうなあ……」
「じゃあ電柵にすればいんじゃね」
有菜がそう提案する。ルーイは、「でんさく?」とよくわからない顔だ。
「電気を針金に走らせてビリビリーって……でもこの村じゃ電気は来てないか」
「それは痺れの魔法を使うってこと?」
「まあそんな感じ。雷を針金に走らせるんだよ」と、沙野のナイスアシスト。
「それはよさそうだ。神官さまに相談してみよう」
というわけで教会に向かう。クライヴに電柵の理屈を説明すると、
「雷の魔法は金属を好むと教わった。できるかもしれない」と、白い装束から作業着に着替えて、電柵の設置を始めた。
まず木の杭を立てて、それに針金を走らせる。その針金の端を、なにやらツボに突っ込んで、異世界版の電柵が出来上がった。このツボは魔力を蓄えることができるらしい。
たぶん現実世界の電柵はもっと複雑で、こんなに簡単な方法では作れないだろう。だがここは魔法のまかり通る異世界である。魔法は現実でできないことを可能にするのだろう、と有菜は思った。
「よしできた。明日が楽しみだ」と、クライヴ。
「ジキも収穫までもう少しだから、これ以上荒らされないといいなあ」
ルーイの言葉に、昨日のジキは熟れていなかったのかと有菜が訊ねると、
「あれは
「食べるぶんは用意しないの?」と沙野が言うと、ルーイは悪い顔で、
「
「じゃあ明日ゴブリンが全滅してたら去年のジキを二人に食べさせてあげたらどうだい。確か去年は春が早くて、春でタガヤスと会ったころに収穫してたじゃないか」
おお、それはすごく楽しみだ。そう言って盛り上がっているうちに夜呼びが飛び交い始めたので、二人は現実世界に帰ってきた。
翌日。朝練の時間の草むしりと称する、ジキを食べたいだけの二人はエケテの村に向かった。
エケテの村はなにやら騒がしい。見ると、緑色の醜悪な小鬼の死体がゴロゴロ転がっていた。これがゴブリンらしい。
「あっ、アリナにサヤ。ゴブリンが一網打尽だよ」
ルーイが嬉しそうな顔をした。クライヴもいる。
「この規模なら近くの巣穴は全滅だろうな。よし、去年のジキでご馳走を作ってお祝いだ」
ほかの村人もそれでOKらしく、早速すごいご馳走らしい干した牛肉と去年のジキを煮込んだスープを作り始めた。村中がおいしそうな匂いに包まれている。
二人にもジキのスープが振る舞われた。シンプルに干し肉とジキを煮ただけのスープだが、干し肉の熟成された旨みと、ジキから滲み出る滋味溢れる味わいが混じり合うスープは、確かにご馳走と言えた。
ジキは熟成するとほんの少し酸っぱくなるようで、その酸味がアクセントになっている。基本的に素朴な味なのだが、こんなにおいしいスープはなかなかない、と有菜は感じた。
ジキのスープを食べて、二人はそろそろ授業に出ないとまずいことを思い出す。帰ろうとする二人に、クライヴが忠告した。
「こちらの世界で見たり食べたりしたものは、タガヤスとエンゲーブのひと以外に言ってはいけないよ」
二人はあまり深く考えずに、わかりました、と、そう答えた。
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