第19話 探偵は最低の内偵を終える


「――おっ、出てきたようだぜ」


 運転席の門馬の声に、後部席でぐったりしていた僕は思わず身体を起こした。


「本当だ。携帯を持って歩いてるところを見ると、指示があったんだな」


 僕がアパートの外階段を降りて来る若者――能島を見て言うと、助手席の璃々砂が「バイクはもうないのよね。どうやって移動するのかな」とぽつりと漏らした。


 能島は必ず誰かに呼びだされる――そう断言したのは、璃々砂だった。


「……あっ、自転車の鍵を外してる。そうか、自転車って手があったか」


 門馬がアパートの敷地に停めてあった自転車に跨る能島を見て、小さく叫んだ。


「追いかけましょう。ライトはつけないで」


 璃々砂が言うと、門馬は「面白くなってきたぞ」とドラマのような台詞を吐いて路地に入ってゆく自転車を追い始めた。


「……んっ、どうやら目的地が近づいたようだ」


 能島はアパートから数百メートルほど離れた建設現場の前で速度を緩めると、自転車を降りて再び携帯の画面をあらため始めた。しばらく見ていると、驚いたことに能島がブルーシートを持ちあげて自転車ごと建設現場に入ってゆくのが見えた。


「あの中で敵と取引をするようね。私と助手さんで中に入るから運転手さんは車で待機してて」


「なんだい、せっかくの対決シーンなのに留守番かよ」


 しきりにぼやく門馬を尻目に、璃々砂はドアを開けると夜の帳が降り始めた路上に素早く身を躍らせた。


「なにもたもたしてるの。早く行かないと一番、いい場面が終わっちゃうわ」


 璃々砂に急かされた僕は人目が無いか周囲に気を配りつつ、能島が消えたあたりを目指して一心不乱に駆けた。


「――ふう、ここね。いい?入るわよ。くれぐれも懐中電灯は点けないで」


 僕は隊長気取りの璃々砂に生返事を返すと、シートをめくって中に潜りこむ小さな背中を追った。


「……暗いな。能島さんはどこにいるんだろう」


「――しっ、静かにして。無駄口を止めて音と気配に集中するの」


 璃々砂はぴしゃりと言い放つと、薄闇の中を中腰で進んでいった。やがて資材を積んだ軽トラックの方に僕を誘うと「いたわ。あそこよ」と車体の陰から顔を覗かせて言った。


「……あれは、誰だ?」


 璃々砂が示した方に目を向けると、足場で囲まれた建物の脇で大柄な影と向き合っている能島の姿が見えた。


「わかるのはこれからよ。まずは会話に耳を澄ませて」


 言われた通り息を殺して二人の会話に集中すると、やがて大柄な人物の物と思しき声が風に乗って届き始めた。


「よく来たな詩人、取り引きの場へようこそ。俺は大曲浩史おおまがりひろし。お前さんのバイクをトラックで跳ねた男だ」


「……私の一番大事な部分、『最後の一人』を返して欲しい」


「いいとも。……先にあんたが俺たちに『変換作業に協力する』と約束してくれたらな」


 大曲は不敵な笑みを浮かべると、バッグから樹脂製の透明なケースを取り出した。


「――ほら、自分で確かめてみな。こいつがお前さんの会いたがってた『最後の一人』だ」


 僕は大曲が掲げたケースの中身を見て思わず「あっ」と声を上げた。透明ケースの内部に閉じ込められていたのはあの、『光る人間』だったのだ。



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