第16話 探偵は悪の黒幕を脅迫する


「坂森と大曲……ちょっと思いだせませんね」


 門馬と合流した僕と僧正がトラックの事を能島に告げると、予想通り何とも手ごたえのない答えが返ってきた。


「事故に遭った記憶もないという話ですが、『シリウス亭』のご主人の話では死んでいてもおかしくない状態だったようです。それほどの事故なら覚えていると思うんですが……」


「ううん……うちの一家とか一族には、そういうことがよくあるんです」


「それはつまり、この町で言う所の『詩人』の一族と言うことでしょうか」


「そう呼ばれているようですね。自分からそう名乗っているわけではないです」


「不良たちともめ事になったことは?」


「……わかりません」


「乗っていたバイクはどうされました?」


「知らない間に片付けられていました。たぶん、廃車でしょう」


 能島の受け答えは、どこまで言っても要領を得なかった。これは切り札を出さなければ埒が明かないなと思った僕は、「失礼ですが……『星屑王子』という言葉を聞いたことがりますか?」と仕入れたてのキーワードを口にした。


「それは……」


 僕が『星屑王子』という言葉を口にした途端、能島の端正な顔が急に引きつり始め、身体が小刻みに震え始めた。


「……大丈夫ですか?」


「だい……これ以上、話せな……」


 どうやら体調が悪いようだと察した僕らが「誰か呼んだ方がいいですか?」と聞くと、能島は顔の前で手を振り「じっとしてれば……終わる……」と遠慮するそぶりを見せた。


「これくらいにしましょう。……落ち着いたら、続きを聞かせてください」


「すみま……せん。途中ですが……これで失礼します……」


 能島はそう言って席を立つと、ふらつきながら奥の寝室へと姿を消した。


「とにかく『星屑王子』が重要なキーワードだとわかったんだ、いったんお暇しようぜ」


 門馬が強張った顔のまま僕たちを促し、僕と雨宮は「引き上げるか」と頷き合った。


                 ※


「この地域の宇宙やくざさん、特に廃品回収の『リサイクル・プラネット』社長に告ぐ。手下の命が惜しければ無駄な抵抗を止めてただちに聞き込みに協力しなさい。十分以内に返事がなければ可愛い舎弟が宇宙のチリとなるから覚悟しなさい、どーぞっ!」


 数時間前に『捕獲』にした若いリサイクル業者と僕らは、トラックの荷台でスピーカーから吐き出される珍妙な脅迫を戸惑いながら聞き続けていた。


「あと五分よ。言っておくけど知らんふりをしても無駄、私は待ちません。どーする黒幕!」


 ――やれやれ、こんな目立つやり方をしたら、今まで地道な聞き込みをしてたのが無駄になるじゃないか。


 全く宇宙人の考えることはわからない――うんざりした僕がトラックの荷台に寝転ぼうとしかけた、その時だった。突然、車体に急制動がかかり、僕は固定してない荷物みたいに荷台の上を転がった。


「な……なんだ?」


 不格好なジャンプで路上に降りた僕が目にしたのは、これまでとは一変して緊張感漂う異様な眺めだった。


「平和な午後の団欒に水を差すのは誰かな?……さきほどの声からすると、ひょっとしてそこのお嬢ちゃんかな?」


 トラックの前を塞ぐように停まっている黒塗りの車から降りてきたのは、ラフな格好をした中年男性と、黒いスーツに身を包んだ用心棒のような男たちだった。


「あなたが小淵沢善行こぶちざわよしゆき、通称『プラネタリーノ』ね?私は『散歩楼』の主、星崎璃々砂よ、よろしく」


 璃々砂が不敵な態度で仁義を切ると、中年男性は「ほう、あんたが『散歩楼』の主か。噂は聞いとるよ。……で、何を知りたいのかね?」と返した。


「この前、あなたの手下が運転するトラックで一人の『詩人』が撥ねられたの。あなたたちが『詩人』から奪おうとしている『星屑王子』って何?どうして『詩人』と揉めてるの?」


 容赦なく畳みかける璃々砂に、善行は低く笑うと「一度に多くを知りたがるのは贅沢だな。……こいつらを黙らせられたらいくらか話してもいいが」と言って背後に目をやった。


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