第11話 寡黙な詩人は復活を隠す


「私の勘では、あの若者が『被害者』ね」


 アパートがある地区の自治会長が営む電気店の前で、璃々砂は自信満々の口調で言った。


「でも仮にそうだとしてもあの人、自分が「消えた死体」だったっていう自覚はなさそうに見えたな。嘘をついたり芝居をしている気配もなかったし」


「何かが起きたのよ、撥ねられた後、彼の身に」


「何かって……?」


「その手がかりを見つけるために聞き込みをしてるんじゃない。純粋な地球人のくせに理性が足りないのね」


 僕は心の中で「うーん」と唸った。どうもこの辺りでは「純粋な地球人」はマイノリティらしい。


「とにかくお店のご主人に話を聞きましょ。……ごめんくださーい。『散歩楼』の主が聞き込みに参りましたあ」


 璃々砂の膝から力が抜けるような呼びかけに応じて姿を現したのは、四十代後半くらいの作業用エプロンをつけた男性だった。


「はい、何でしょう」


「四軒先のアパートに住んでる若い人の事で、何か知ってることがあったら教えてもらえないかと思って」


「四軒先?……ああ、能島さんのことか。真面目ないい若者だよ。積極的にコミュニケーションを取るタイプじゃないけどね」


「バイクには乗っていますか?」


「さあ、詳しいことは知らないけど、アパートの前にバイクが停めてあるのは見たことがあるよ」


「実は能島さん、少し前に事故に遭われたらしいんです」


「事故に?」


「はい。バイクに乗っていて、トラックに撥ね飛ばされたんです」


 璃々砂はカーブで跳ね飛ばされたバイクの運転者が『シリウス亭』の屋根に落ち、さらに消えたことをかいつまんで伝えた。


「ふうん……それがあの若者だっていうのかい。トラックに撥ねられても平然としていられるのは、このあたりじゃ『沈黙の詩人』くらいかなあ」


「なんです?それ」


「ある星系から来たと噂される、寡黙な『来訪者』の一群さ。容姿端麗で、正確は勤勉。コミュニケーションが苦手らしくあまり他の住民たちと交わろうとはしない連中さ」


「その『沈黙の詩人』さんたちは、トラックに撥ねられても平気なくらい、頑丈なんですか?」


「だいたい、そうだね。頑丈な上に文句も言わないから単純作業の現場や力仕事の現場では重宝されてるって話だよ」


「だけどいくら寡黙でも、天井を突き破って落ちたらお詫びの一言くらい言ってから姿を消しそうなものだけど……」


「何か急いで姿を消さなきゃいけないわけでもあったのかもしれないね」


「わけ、と言うと例えば?」


「トラックとの事故は事故に見せかけた抗争だったとか。それを知られて騒ぎになるのを避けるために身を隠した……なんてことは考えられないかな」


「おとなしい寡黙な詩人が一体、誰と『抗争』なんかするんです?」


「わからん。ただ『詩人』たちを取りまとめている雇い主の中にはその、なんだ、タチのよくない宇宙やくざや不良宇宙人も少なくないからねえ」


「なるほど、能島さんご一家はこのあたりでは『死なない一家』と呼ばれているようだし、彼らの能力を利用しようとした宇宙やくざとの間で、何らかのトラブルがあったのかもしれませんね」


「残念ながらその可能性は高いと思うね。気の毒だが」


「……ちょっと待って璃々砂、そのいざこざと死体が「消えた」話と一体、どこで繋がってくるの?」


 僕がしきりに頷き合っている二人の間に割って入ると、璃々砂は「だから、消えなきゃならない理由があったって言ってるじゃない。……さあ、わかったら次の聞き込みに行くわよ」


「次の聞き込みって……どこに行くんだい?」


「決まってるじゃない。『宇宙やくざ』か『不良宇宙人』が常にたむろしてる場所よ」


 僕はあまりに性急な璃々砂の捜査に戸惑いつつ、謎だらけの住民たちに対する興味がどんどん募って来るのを感じていた。

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