第9話 移住者たちは証言を収集する


「事故?……さあ、あそこのカーブはしょっちゅう何かしらトラブルが起きてますからね。当事者同士で解決してしまった場合、記録に残らないこともありますね」


 村で唯一の交番に勤務する年配の巡査は、そんなのは常識ですと言わんばかりに肩をすくめてみせた。


「じゃあ例えば事故を起こした人のうち、片方が『来訪者』だったら?それでも事件にはならない?」


「そういう事故はいくつかありましたね。正面衝突を避けようとした小型車の運転手が念動力を持った『来訪者』で、対向車を谷底に弾き飛ばした、なんていう事例はありました」


「空を飛ぶ『来訪者』や、瞬間移動のできる『来訪者』の事故は?」


「それはさすがに聞いたことがないなあ。そもそも、そういった力を持つ『来訪者』は、あまり乗り物には乗らないんじゃないかな。あの人たち徒が使う乗り物と言ったら、せいぜい隕石ぐらいじゃないの」


 だめだこりゃ、と僕が思った瞬間、璃々砂は「わかりました。いろいろ聞けて参考になりました」と丁寧な口調とは裏腹にがっかりした表情で言った。


                 ※


「とにかくでかい音だったなあ」


 記憶を辿りながらぶるっと身体を震わせたのは、カーブの上に店を構えているジェラートハウスのオーナーだった。


「たぶん、バイクとトラックが出合い頭に接触したんだと思うけど、しばらくするとトラックの走り去る音だけが聞こえたんだ。……この一連の音から想像するに、トラックの奴がバイクの奴を助けないでバイク本体だけをトラックに積んで逃げたってことだろうな」


「ひどいわね……いったい、何のためにバイクを持ち去ったのかしら。証拠を隠ぺいするため?」


「だとしても被害者の具合を確かめないっていう時点で異常だし、救急車も呼ばずに見殺しにするなんていくら自己保身の強い奴でもちょっとあり得ない話だ。そうなると考えられるのは――」


「被害者の姿が見当たらなかった。……なぜならトラックに撥ね飛ばされた衝撃でカーブの下にある『シリウス亭』のアトリウムに落下したから」


「だったら下に降りていって確かめたらよさそうな物なのになあ。わけがわからないよ」


 髭をさすりながらしきりに首をかしげるオーナーを見て、僕はなにか『不思議』の基準が僕らが知っている『不思議』から微妙にずれているなあと思わずにはいられなかった。


 ここの人たちは『来訪者』とやらの存在をごく普通に受け入れているらしい。それだったら人一人くらい消えても別に不思議じゃあないだろう。


「わかったわ。まずは被害者が何者なのかを特定することが先決ってことね。被害者の正体がわかればどんな能力を持っているのかもわかるし、一気に解決するはずよ」


「被害者を特定って……いったい、どうやって?」


「とりあえずは麓の集落で聞き込みしてみましょう。流れ者の宇宙やくざあたりに聞けば、何か手がかりが得られるかもしれないわ」


「流れ者の宇宙やくざ……?」


 僕は璃々砂の十代の少女とは思えない凄みに、大変な所に移住しちまったなと密かに頭を抱えた。


 ――ううむ、こうなると頭の中の常識を一度リセットして、再インストールする作業が必要だな。



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