第7話 移住者は隠れ里の奇譚に耳を傾ける


天邦山てんほうざんのふもとにある『シリウス亭』って知ってるか?」


「もちろんよ。私はカフェしか知らないけど、泊まることもできるんでしょ?」


「そう、その泊まりで事件が発生しちまったのさ。先週の事なんだが、作家の先生とお付きの人たちがこの辺りに伝わる隕石伝説を集めたいとか言って連泊で来たらしい」


「隕石伝説を?物好きな作家さんもいるものね」


 変わった話にも一切動じない璃々砂の態度は、中身が元やくざの父親だからだろうか。


「なんでもUFOとかそういう物の出てくる話を書いてる人らしい。で、『シリウス亭』は俺の従兄がやってる店でね。三連泊の上、先生の友だちだとか言う会社の経営者夫妻が一緒だったそうだ」


「その団体客の中のどなたかが事件を起こしたってことですか?」


 聞いているだけでは我慢ができなくなったのか、門馬が横から唐突に問いを挟んだ。


「ん?……なんだか見ない顔だね。都会から来たの?」


「あ、いえ……実は、このあたりにオフィスを構えようと思っ引っ越してきたんです」


「へえ、こんなさびれた村にオフィスねえ……まあいいや、俺は棟形むなかたって言って大工をやってる。社屋を新しく建てる時は相談に乗るぜ」


「私はネットCMを制作する会社をやっている門馬と言います。この二人は社員で友人、合計三人の超零細企業です」


「ふうん、ネットCMねえ。ますます田舎には似合わない職種だな。……そうそう、さっきの質問だけど、別に客が騒動を起こしたってわけじゃないんだ」


「……と、いいますと?」


「外から来た人が、店に損害をもたらしたのさ。上から降ってきた人間がね」


「上から降ってきた?」


 門馬が首をかしげると、璃々砂が「面白いじゃない。飛行する『来訪者』は何体か見たけど、その話だと飛行型の『来訪者』とは違う感じみたいね。……ボリス、どう思う?」


「……たぶん、違う」


 大男のボリスはフロアスタッフのエプロンをつけたまま、ぶっきら棒に首を振った。


 ――なんだ?『来訪者』って。


 僕は昼間の店内にいても異彩を放つ大男と少女のコンビに、あらためて興味を引かれた。たしか璃々砂の中には父親だけじゃなく、隕石に乗ってやってきた宇宙人がいるという話だ。あまりの荒唐無稽さに、聞いた直後に頭の中から削除してしまったが。


「事件が起きたのは午後九時過ぎだ。その晩は、やってきた作家先生たちを無難にもてなしていたらしい。先生たちが部屋で夕食をとった後、かわがわる入浴をしていた時に突然、建物の上にあるカーブのあたりで車のブレーキ音がしたんだそうだ」


「ブレーキの音?」


「うん、あそこは曲がりくねった坂道で、ブレーキ音自体は頻繁に聞こえるんだ。だが、その直後に起きた出来事が普通と違ってた」


「……というと?」


「重い物がぶつかったような衝撃音が上の方でしたかと思ったら、突然、カフェタイムに使っている離れのガラスが割れる音が聞こえてきたそうだ」


「ガラスが……」


「離れはアトリウム風の作りになってて天井もガラス張りなんだが、その天井を突き破って何かが……ええ面倒くさい、結論を言っちまおう。『人間』が落ちてきたんだそうだ」


「……人間が?」


 僕は耳を疑った。隕石が降ってくるくらいだから、そうありふれた話ではないだろうと覚悟していたが、まさか人間が降ってくる話だったとは。


「それで、その人はどうなったんです?救急車を呼んだんですよね?」


 門馬が尋ねると、それまで饒舌に語っていた棟形が「ううん」と唸って沈黙した。


「それが……従兄の話によると、救急車を呼んだ後で落下現場に戻ってみたら、確かの転がってたはずの『人間』が消えちまっていたそうだ」


「消えた……」


「ああ。ほんの十分かそこらの間にね。その後、そいつが死んだとか助かってあいさつに来たとか、そういう話は聞いていない。……ただ、従兄はそのことで片付けにえらい手間がかかったのと、嫌な噂が広まりはしないかっていう心労で仕事にも身が入らないらしい」


「なるほど……面白いわね。『来訪者』が絡んでるかどうかってのは微妙だけど、まずは超常能力なしでその謎が解決できるかどうか、みんなで考えてみましょ」


「みんなで……?」


 棟形は小鼻を膨らませている璃々砂と知り合ったばかりの僕らを交互に見ながら、本気かと言うように目をぱちぱちと瞬いた。


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