第5話 移住者は小さな隣人の招待を受ける
「どうだ?壁の厚さは」
僕はアンプのヴォリュームを絞ると、外から戻った雨宮に音漏れの具合を尋ねた。
「丸聞こえだよ。防音どころか、壁がないのかと思うぐらいだ。パピィの奴、偉いスタジオをあてがってくれたな」
やっぱりか、と僕は肩を落とした。重い荷物と共にはるばるやってきた新社屋は、聞きしに勝る廃屋っぷりだった。
「おおい、こっちで一休みしようぜ」
母屋の方から門馬の声がして、僕らは農機具置き場だった別棟からいったん外に出た。
「なあ僧正、母屋の声がこっちまで聞こえるってことは、こっちの音もかなり遠くまで聞こえるってことだよな?」
「ああ。なかなか風遠しのいいオフィスだな。うっかり悪口も言えん」
僕らが想像を絶する安普請ぶりを嘆きながら母屋に戻ると、タオルを頭に巻いた門馬が「おお、来たか。……見てくれ、内装を調べてたら、あちこち壁紙が腐ってぼろぼろ崩れてきやがった。この分だとリフォームの際に壊す手間が省けそうだ」と言った。
「お前、経年劣化を計算に入れてなかったろう。建物って言うのは人がメンテナンスしなきゃ、たちまち廃屋になるんだよ」
にこにこしながら絶望的なニュースを口にする門馬に、僕は説教口調で苦言を呈した。
「まあまあ、来ちまったもんはしょうがないだろう……それより」
門馬は四キロ先のコンビニで買ってきたお茶をぐいと飲み干すと「調べてみたんだが、どうやら電気系統は劣化してるし、水道やガスは管が錆びてるらしい。おまけにネット回線は旧式の奴で、パソコンを使うには新たに回線を引く必要がありそうだ」と打ち明けた。
僕は思わず、いい加減にしろと叫びたくなった。仕事をするために来たのに、これじゃあいやでも休まざるを得ないじゃないか。
「まあ当分、スマホだけで仕事するしかないかあ」
なんだか妙に楽し気な門馬の表情を見て、僕が思わずため息をついたその時だった。ふいに門馬の携帯が鳴り、愚痴大会のようなやり取りが途切れた。
「……ほう、これはこれは」
門馬は画面を眺めながら何やら頷くと、返信らしきものを打ち込み始めた。
「諸君、我々に新社屋移転のお祝いメッセージが届いたぞ」
「誰から?」
「星崎璃々砂……通称『メテオラ』嬢からだ」
「メテオラ?」
僕の脳裏に、大男を従えた得体の知れない少女の面影が甦った。
「引っ越しのお祝いに、我々をお茶会に招待してくださるそうだ。……どうする、行くか?」
僕と雨宮は顔を見合わせ、「どうする?」と目顔でコミュニケーションを取った。
「……まあ、離れてるとはいえ、お隣さんみたいな物ではあるな」
僕がやや消極的に参加の意を示すと、門馬は「よし、決まりだ。今日の作業はここまでにして、興味深い隣人たちに挨拶しに行くとするか」と言った。
門馬は車のキーを取り出すと、口笛を吹きながら身支度を始めた。僕は平和なんだか不穏なんだかよくわからない空気の中、能天気な社長と共に情緒溢れる新社屋を後にした。
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