第4話 移住者は異星の客と取引する


「新社屋だって?……いったい、何の冗談だ?」


 外から戻ってきた門馬が上機嫌で告げた「新社屋にうってつけの建物が見つかったぞ」というニュースに、ネットで次のロケ地を探していた俺はそれまでの作業を放りだして噛みついた。


「冗談じゃあないよ。値段も環境も申し分ない物件と、偶然出会ったんだ」


「……そもそも、うちに自社ビルなんかないだろう。経営の事で悩みすぎて、頭がどうかしちまったんじゃないか?」


「まあビルってのは少しばかり大げさだが、広さは申し分ないぞ。……なんだったらお前たちのために録音スタジオを併設してもいいくらいだ」


 門馬の大風呂敷に僕は思わず口をあんぐりさせた。僕と雨宮が現在、作曲や編曲に使っている部屋は元々物置だった場所だ。キーボードとパソコンを置いたらそれだけで一杯の狭さだが、別に不自由を感じたことはない。仮に大きなスタジオがあったとしても、僕らには使いこなせないだろう。


「生バンドでも使うならまだしも、いったいどこにスタジオを確保する必要がある?」


「いいじゃないか別に。それだけスペースに余裕があるってことだよ」


「そんな物件、聞いたことないぜ。賃料はいくらなんだ」


「ふふん、聞いて驚くなよ。何と年間十万だ」


「年間十万?月の間違いじゃなくて?」


「ああ、間違いじゃない。ちゃんと外観の写真もあるぞ」


 門馬がタブレット上に表示した写真を見た僕は、思わず「なんだこりゃ」と叫んでいた。


「所在地は星淵町4―9―17、物件は元々、兼業農家を営んでいた町民の方が手放した住居兼物置だ。管理会社が長年、放置していたいわば――」


「廃屋だろう?」


 僕が呆れて苦言を呈すると、門馬は「失礼な」と言って鼻を鳴らした。


「たまたま手入れをしてなかっただけで、立派な住居だよ。何より周囲の風景が綺麗で人通りが少ない。都心の喧騒を離れて作業をするにはうってつけの環境だ」


「不便だろうが」


「そんなことはない。十キロも行けば国道にぶつかるし、コンビニだって四、五キロも走ればある。おまけに電気、水道、ガスにインターネット回線まで完備だ。文句はあるまい」


 僕は呆れて二の句が継げなかった。セカンドライフの場所を探してるリタイヤ組じゃあるまいし、こんな場所で仕事ができるわけはない。


「どうせ撮影が終わったら、ポストプロダクションの間は缶詰なんだ。別に外を出歩く必要はないだろう」


「田舎で自給自足生活でも始める気か。悪いけどこの話はお前の頭の中だけに……」


 僕がそれとなく断念するよう促すと、門馬は「いや、それなんだがもう契約はすませちまったんだ」と一切、悪びれることなく告白した。


「待ておい、こんなひどい経営者がいていいのか。……やれやれ、これでこれで華やかなりし都会ともしばしお別れか」


「ああそれとこの場所はこの間、知り合った女の子とボディガードの家のすぐ近くなんだ。歩いてそうだな……十分もかからないくらいの距離だ」


 僕の脳裏に、あの『メテオラ』とかいう少女とボリスと言う大男の姿が甦った。


「あの隕石がどうとか言うちょっとおかしな子か……コンビニより国道より、隕石一家の方が近いってのはどういうことなんだ。まるっきり正気の沙汰じゃないぞ」


「お前も考えが浅いな。今回の引っ越しにはちゃんとメリットがあるんだ。いいか、彼女の店にはあのあたりで起こる怪事件のトピックが集まってくるらしい。映像を制作する上でヒントになるイマジネーションの元がわんさとあるんだぞ。どうだ?」


 僕は門馬のあまりの脳天期ぶりに、反論する気も失せていた。僕たちが作っている物は企業のネットCMだぞ。ホラー映画を作ってるわけじゃないんだ。


「ネタを提供してもらう代わりに、俺たちは彼女たちに新社屋のスタジオを貸す。そこから彼女たちは、世界中の『隕石仲間』たちにネット放送を発信するつもりらしい」


「ネット放送?隕石仲間?なんだそれは」


「詳しいことはわからないが、彼女が言うには隕石に乗ってやってきた地球外の無法者が世界のあちこちにいて、それとなく人間の身体に間借りしているらしい。そいつらに好き放題、この星を荒らされないよう警告するのが目的だそうだ」


「警告……?」


「彼女たちはやはり隕石でやってきた『地球外保安官』として、あの町に住む隕石野郎どもがおかしな事件を起こさないか常に監視している……ということなんだな」


 僕は十年来の友人の顔を、あきれ果てて見返した。こいつこそ、異星人に頭の中を乗っ取られてるんじゃないか?


「とにかく、引っ越しは来週だ。仕事の道具や楽器をすぐ運びだせるよう、今のうちに荷造りしておいてくれ」


 ――おいおい、本気か。わが社の事業はとんでもなく奇妙な方向に進み始めているぞ。


 僕は言いたいことだけを言って去ってゆく友の後ろ姿を見ながら、この先の展開を想像してため息をついた。



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