第2話 迷子たちは遭難者に救われる


「なあサコ、変だと思わないか?引き返してるのに途中でまた上りになったぜ。なんで麓に着かないんだ?」


 全員一致で元来た道を引き返して十分後、門馬が口にしたのはおよそ考えうる最悪の台詞だった。


「それはお前が復路を間違ったからだろう。他に理由なんてあるか」


「おかしいぞ。俺は自分の勘に忠実に走らせたんだ。それなのにまた迷うなんてどういうことだ?」


 勘に任せたからだろう、と僕は思ったがあえて言わずにおいた。今は口論するエネルギーも惜しい。無事に人里まで戻れたら不問に付してやるからこの状況をなんとかしろ。


「そう言う時は。同じ方向にひたすら曲がってゆくといい。……気がする」


 迷子の状況を楽しんでるとしか思えない門馬に、さらに雨宮が出どころ不明のアドバイスを付け加えた。


「なるほど、試しにやってみるか」


 いや、何かを試してる場合じゃないだろう。もう日没だぞ。


 僕の懸念をよそに、僕らの乗ったバンは左右を樹木に挟まれた道をひたすら左折する形で進み始めた。未舗装の道は次第にけもの道同然の状態になり、十五分後、ついに僕らのバンは真っ暗な林の中で立ち往生する事態に陥っていた。


「おお、真っ暗だ。しかも道がない。……と、待てよ。ありゃ何だ?」


 いきなり門馬が叫んだかと思うと、いきなり道の真ん中でバンを急停車させた。


「どうしたいったい。野生の鹿でも出たか?」


 僕は怯えを隠して運転手を問い詰めた。夜道で出会う野生動物はなかなかに怖いのだ。


「鹿じゃあないな。たぶん……人だ」


「人だって?事件じゃないか」


 僕らは車外に飛びだすと、バンの前に横たわっている黒い影の周りを取りまいた。


「子供か?こんなところに……ひょっとして迷子か?」


 僕たちは横たわっている人影を取り囲むと、屈んで様子をうかがった。バンの前に倒れていたのは十一、二歳の少女で、驚いたことに上着も来ておらず薄いワンピース一枚という軽装だった。


「君、大丈夫?……どこから来たの?」


 門馬が声をかけると少女の瞼がぴくりと動き、口が一、二度開きかけた。


「……お父さんかお母さんは近くにいないの?」


 意識はあると判断した僕が、重ねて問いかけたその時だった。突然、タイヤが砂利を踏む音と共に、背後から強い光が僕たちに向かって浴びせかけられた。


「なんだ?いったい」


 僕らが驚いて振り返ると、ピックアップトラックから黒い服を着た男たちがばらばらと路上に降り立つのが見えた。


「その者は『隕石泥棒』だ。近づくのをやめて直ちにここから立ち去れ」


 突然、意味不明の警告を発したのはサングラスをかけた長身の男だった。


「隕石泥棒?どういうことです?」


 僕が内心、怯みながら尋ねるとサングラスの男は「答える必要はない。トラブルに巻き込まれたくなければ、何も見なかったことにして立ち去るのだ」と高圧的な口調で返した。


「……どうする?」


 僕らが目顔で互いの意志を探りあった、その時だった。


「あなたたち、人を泥棒呼ばわりするなんて失礼よ」


 突然、横たわっていた少女がむくりと体を起こすと、男たちに向かって言い放った。


「目覚めたか、メテオラ。『力』の一人占めは許さんぞ」


「あなたが疑り深いだけでしょ。この辺には隕石はないわ」


「ふん、お前の言うことなど信じられるものか。調べさせてもらうぞ」


「やって御覧なさい。出来るものならね。――ボリス、出番よ!」


 少女が叫ぶと闇の中から黒いバイクが姿を現し、青白い火花をまとった二メートル近い大男が路上に降り立った。


「……去れ」


 大男が短く呟いて右手をつき出すと、青く光る電流がトラックに向かって迸った。


「――うわっ」


 トラックのへッドライトが割れ、煙が立ち上ると長身の男の背後で悲鳴が上がった。


「くそっ、用心棒が現れたか。……いいだろう、今日のところは見逃してやる。だが今後、我々の縄張りで姿を見るようなことがあったらその時は容赦しないからな。覚えておけ」


 サングラスの男は忌々し気に吐き捨てると、部下と共にトラックに戻った。


「見逃すも何も、そっちが言いがかりをつけてきたんでしょ。とっととお帰りなさい」


 方向転換し、去ってゆくトラックに向かって少女は身を乗り出し、イーと舌を出した。


「君は……いったい?」


 門馬が目を丸くして尋ねると少女は「あなたたち、ひょっとして迷子?」と逆にこちらを気遣うような問いを貸してきた。


「迷子と言うか……道に迷ったことは確かだけど」


「じゃあ、私たちのアジトに寄っていって。助けてくれたお礼にお茶くらいは出すわ」


 一体、誰が誰を助けたんだ……顔を見あわせている僕らに少女は謎の微笑みを寄越すと、「私達の後についてきて」と言ってバイクの後部席に跨った。


             

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