遊星探偵メテオラ

五速 梁

第1話 迷子たちは道なき道を征く

              

 その異変に最初に気づいたのは、家並が途切れて二十分ほどした頃だった。


「おいパピィ、なんかおかしくないか」


 僕は未舗装の道をものともせず突き進む運転席の男に、声をかけた。


「……気づいたか、サコ」


 僕の雇い主で友人の門馬かどまは、西日に目を細めながら自虐的な笑みを浮かべた。


「カーナビが機能してない……今、どこを走ってる?」


「さあ。俺にもわからん。上り坂だからいずれ下りるんじゃないか?」


 冗談じゃない。僕はルームミラー越しに後部席で舟をこいでいるもう一人の仲間に「おい、僧正、起きろ」と声をかけた。


「どうかしたのか」


 体格のいい坊主頭の男は向くりと身を起こすと、外の風景に目をやった。


「カーナビがいかれてる。どこを走ってるかわからなくなった」


「なんだそんなことか。端まで行けばいずれ海に出る。どこかに着いたら起こしてくれ」


「落語みたいなこと言ってる場合か。その前に燃料がなくなるだろう。……パピィ、今日のロケハンは中止だ。引き返そう」


 僕が常識的かつ建設的な提案をすると、運転席の門馬は「俺の勘が、目的地はこの先だって言ってるんだ。もう少し行ってみようぜ」と、事実上の拒否を表明した。


「知り合って十年以上経つけど、お前の勘が当たったところなんて見たことないぞ。日が暮れる前に、引き返そう」


 僕は左右に見える雑木林が密度を高めてゆくことに不安を覚えつつ、そう主張した。


「俺もお前と知り合って十年以上経つが、お前の心配症が治ったのを見たことがないぞ」


 まったく、ああ言えばこう言う。だからつき合いの長い連中は困るんだ。


「じゃあ一度だけ信じてやる。その代わりあと十五分、何も見えなかったら引き返せよ」


 僕は坂道を楽しむようにエンジンの回転数を上げる友人に、最後通牒をつきつけた。


「十五分あれば充分だよ」


 自信たっぷりに答えた男が十五分後、車を停めて口にしたのは「諸君、お待たせしました。結論から言うと、完全に迷った」だった。


                ※


 僕の名前は迫見勇人さこみはやと、二十六歳。


 友人の経営するウェブ向け動画制作会社で、助監督兼音楽担当として働いている。


 社員は三名。社長である『パピィ』こと門馬と、同じく助監督兼音楽担当の雨宮あまみや、通称『僧正』だ。


 僕らは親同士がバンド仲間であり、僕らもまた数年前まで中央でバンド活動をしていた。


 バンドはそこそこ人気もあったのだが、メジャーデビューした直後に壁にぶつかり解散、僕ら三名は故郷に戻ってバンドとは無関係の会社を興したというわけだ。


 社長の門馬は元ベース、事故で片脚が義足の『僧正』こと雨宮は元ドラム、そして僕はヴォーカルだ。僕らの仕事は地元企業のCM動画を制作することで、映像は門馬が、動画に添える音楽は僕と雨宮とで制作していた。


 動画を作る際には必ず撮影候補地にロケハンに赴くのだが、たいがい、なにがしかのトラブルに見舞われる。僕は面倒は避けたい派の筆頭なのだが、困ったことにあとの二人がトラブルをむしろ想像力を掻きたててくれる好機と捉える冒険野郎たちなのであった。


          

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