第46話 

「あのね、兄さん」


「なんだ?」


「ぼくには弟がいるの?」


「!」


 驚いた顔になるジェイクに、優哉は申し訳ないと頭を下げた。


「家系図を調べたんだ。第3妃には妊娠の記録はあるのに、出産の記録はない。何故なら子供が産まれる前に離婚され、王家のものではなくなったから」


「セイル」


「これってどういうこと? 産まれてきた子は、ぼくの弟なの? それとも違うの?」


「‥‥‥何故妹ではなく弟だと思ったんだ? セイル?」


「‥‥‥勘、かな」


 違う。


 セイルは確実にレインのことを言っている。


 何故隠す?


「ねえ、兄さん。ぼくは兄さんを裏切らない。兄さんに隠し事もしない。だから」


「セイル?」


「ぼくになにかあったら、兄さんがぼくを見つけてね?」


「セイル? なにかあったのか? なんだか変だぞ?」


「ぼく。そろそろ行くね。兄さん。約束だからね!」


 それだけ言ってセイルは出て行ってしまった。


「ミント!」


 気を利かせてふたりきりにしてくれたミントの名を呼ぶ。


「なんでしょうか? 殿下?」


「今すぐセイルを追え! もし見失ったら‥‥‥」


『枕が好き!』


 意味不明で唐突だったあの言葉。


 もし自分になにかあったら、

そこを調べろという意味だったとしたら?


「セイルを見失ったら、セイルの自室の枕や枕周りを徹底的に調べるんだ!」


「はっ!」


 余計な質問はせずにミントは部屋を飛び出していった。


 今出て行ったというのに、セイルの姿はもうなかった。


 これは最初からジェイクと逢ったら、姿を眩ますつもりだったに違いない。


 ミントは慌てて優哉の自室を目指して早足で移動した。


 護衛のものたちを一喝して叱ってから、ジェイク殿下の命令といい、特別に主人のいない世継ぎの部屋へ入った。


 寝室は一番奥だ。


 確か指示では枕を探せと。


 指示通り枕の下に手を突っ込むとカサリと音がした。


 取り出してみると手紙だった。


 封を切られた跡がある。


『ミリアージュ・ヘイゼルとケント・ネイルは預かった。ふたりを殺されたくなければ指示に従え。まずはこの手紙を燃やすこと。その後は手のものの指示に従え。他言無用であること忘れぬように』


「『第三王子、レイン・マクレイン』」


 脅迫状が届いていたなんて迂闊だった。


 宮殿に保護して安心してしまったのだ。


 この手紙を処分しなかったのは、セイルなりの苦肉の策で、なにかあったときの保険といったところだろうか。


 つまりセイル自身、身の危険を感じているということだ。


 それでもついて行ったのは、それだけふたりが大事だからだ。


「抜かったわ。気が緩むときを狙われていたのね」


 これは即座に手を打って、ジェイクに報告しないと。


 だってあのときセイルが言い残したのは、


「ねえ、兄さん。ぼくは兄さんを裏切らない。兄さんに隠し事もしない。だから。ぼくになにかあったら、兄さんがぼくを見つけてね?」


 なのだから。


 すべての手を打ってセイルの捜索を開始させると、もう一度ジェイクの元に戻った。


「セイルが消えたらしいな? 一体どういうことなんだ?」


 部屋に入った途端、ジェイクに詰め寄られて、ミントは入手した脅迫状を手渡した。


 読んで行く内にジェイクの顔色が青ざめていく。


 同時に蘇る最後のセイルの言葉。


「ねえ、兄さん。ぼくは兄さんを裏切らない。兄さんに隠し事もしない。だから。ぼくになにかあったら、兄さんがぼくを見つけてね? 約束だからね!」


 この脅迫状を残して在処まで提示したのが、セイルの覚悟の証。


 ならばセイルの気持ちに答えなくては!


「手は打ったのだな? ミント?」


「はい。ですが足取が掴めません。なにか特殊な方法を使っているようで」


「知っているか? ミント? 王家の血を引く直系同士なら、血を使うことで相手の居場所を特定できる。血が濃ければ濃いほど簡単に」


「それは存じております。実のご兄弟なら確実でしょう。しかし」


「そう。これを行いセイルしか引っ掛からなかった場合、レインは父上の血を引いていない証になる。セイルがそれを知った上で仕組んだのかは知らないが」


「セイル殿下の境遇では、ご存じないかと」


「だな」


「これをやり居所を特定できたとき、レインの身元がはっきりしたら、おそらくセイルの身が余計に危なくなる。まさにヘイゼル卿の呪いそのものだな」


 あの当時、ヘイゼル卿を強攻に走らせた本当の動機。


 ヘイゼル公爵家が取り潰された真実の理由。


 今の時代はあの頃を映す鏡だ。


 セイルには言いたくなかった第二王子の苦悩。


 とりあえず悲嘆に暮れていても仕方ない。


 セイルが傷付けられる前に動くとするか。

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