第45話





 宮殿に半ば連行されるように連れ戻されてから、優哉は内部の地理を把握しようと頑張っていた。


 宮殿の広さが尋常じゃないのだ。


 これではどこかに行きたくても自力では無理。


 なにかが起きても、逃げることもできないだろう。


 安全な場所がどこなのか。


 それさえ把握していないのでは。


 優哉が最初に覚えたかったのは、兄の部屋への行き方だ。


 兄の部屋だけは一番に把握したかった。


 二番目は父の執務室と近衛隊の修練場だ。


 これらは優哉が一番行きたい場所を選んだ結果である。


 三番目はミントの執務室。


 彼女は兄の世話をするため、自室を兄の隣にしているため、自室は覚える必要がなかったのである。


 そうして大体の構図を頭に入れた頃、優哉は宮殿だけあって抜け出すのは難しそうだなと感じていた。


 しかも次期国王である優哉には、二十四時間体制で護衛がついている。


 しかも優哉の部屋は3階。


 以前自宅を抜け出した前科からか、簡単には逃げ出せないところに部屋を用意されてしまった。


 まあ4階や5階ならともかく3階くらいなら簡単に抜け出せるが、そのことは言わないでおいた。


 戴冠式やお妃選びで宮殿が揉めている頃、優哉はなんとか宮殿を抜け出せないかと思案していた。


 というのもケントとの別れ方が、どうにも気掛かりだったからである。


 ミリアのことや身分を黙って騙す形になったことなど、謝りたいことが山のようにあったのだから。


「でも、難しいなあ。こうも警備が厳重だと抜け出す隙もないよ」


 カウチに座ったまま優哉がポツリと呟く。


 そのときノックの音がして侍女がトレイを片手に入ってきた。


 どうやらお茶の時間になっていたらしい。


 なら兄のところに行けばよかったと思ったが、侍女からカップを差し出されたとき、手紙が挟まれていることに気付いた。


 侍女を見上げると彼女は怯えた顔をして、そのまま去っていった。


「?」


 疑問に思いながら手紙の封を切る。


『ミリアージュ・ヘイゼルとケント・ネイルは預かった。ふたりを殺されたくなければ指示に従え。まずはこの手紙を燃やすこと。その後は手のものの指示に従え。他言無用であること忘れぬように』


「なんだ、これ? ケントはともかくミリアはもう国外にいるはずなのに」


 呟いてから気付いた。


 存在を誇示するように署名されていることに。


『第三王子、レイン・マクレイン』


 第三王子?


 レイン・マクレイン?


 てあのレイン?


 彼が弟?


 弟がいるなんて聞いたこともないのに。


 これは指示に従わない方がいいかもしれない。


 従う振りをして手掛かりは残した方が良さそうだ。


 優哉は立ち上がって寝台まで移動すると、枕の下に指示された手紙を隠した。


 父やミントが気付いてくれるのを信じて。


 手紙の代わりに白紙の書類を一枚暖炉に放り込む。


 これで準備は完璧だ。


 後は敵の出方を見るだけ。


「手荒なことされないといいな。兄さんが心配するから」


 第三王子、か。


 あのとき聞いた会話は、そういう意味だったのか?


 存在を消され名付けて貰えなかった弟。


 そしてあの髪の色。


 王家は系図もあるが、当代の王子は優哉まで。


 第三王子など存在しない。


 そして第3妃は離婚され、最早王族ですらない。


 これらを計算に入れた場合、ジェイクの代わりに国王となる優哉は、さぞかし目障りだろう。


 自分は正統な第三王子だと信じているなら尚更。


「手のものとやらはまだ来ない。今なら兄さんから話を聞けるかな」


 優哉は敵が動き出す前に兄のもとを訪れることにした。


「兄さん。起きてる?」


「起きてるから入ってきていいぞ」


 言われて入ればミントの介添で、ジェイクがリハビリに励んでいた。


 両手を支えられて、覚束ないながらも歩いている。


「兄さんが歩いてる!」


 全身で喜びを表現する優哉にジェイクは、照れてこめかみを掻いた。


「セイルと一緒に歩きたくてな。頑張っていたら本当に歩けるようになった。まだ幼児並みだが、自力で歩いていると思うと感慨深い」


「その調子なら国王にだって」


「それは無理だ。子孫を残せないのは変わっていないんだ、セイル」


 それは国王にとって最重要任務である。


 それが不可能となると、やはり楽観はできないようだ。


 暫く兄のリハビリを見学して、兄が汗を拭き服を着替えると、ふたりして寝台に腰掛けた。


「あのね、兄さん」


「なんだ?」


「ぼく兄さんが用意してくれた寝台大好きだよ? 特に枕が好き! よく眠れるから!」


「は? ああ。それはよかった」


 セイルは突然なにを言い出したのだろう?


 枕が好き?


 そんなことを何故突然?


 兄さん。


 理解して。


 お願いだから!


 ぼくになにかあったら、すぐに枕を調べて!


 優哉が兄と接触した以上、敵はすぐにでも動き出すはず。


 優哉は短い面会時間で、兄に少しでも事情を伝えようと頑張っていた。

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