第44話





 優哉はずっと思っていた。


 宮殿へ戻るにはこなすべき数々の儀式があるようだったし、良き日を選んでと度々ミントが言っていたから、昨日今日で戻れるような場所じゃないんだろうと。


 しかしあの事件があって、まさか当日中に戻されるとは思いもしなかった。


 そう。


 自宅に連行されてミントは優哉を自室に監禁に近い状態に追い込むと、ジェイクの下へ報告に向かい、それからほとんど時間が経たない間に優哉が宮殿に戻る手筈は整えられる結果になった。


 あれだけ慎重になっていたジェイクが生きていたということすら、一部の大臣たちには打ち明けることにしたらしく、今日中に宮殿に戻れるようにするとジェイクの口から聞いたときは呆気に取られた。


 それで呑気に構えていられる事態ではないらしいとわかったが。


 形振りを構っていたら優哉が、それだけ危険になる。


 そんな事態に陥っているのだろう。


 優哉は何度もふたりに問い掛けようとしたが、まるで話し掛ける隙もなく、それどころか優哉がひとりきりにならないように仕向けられ、全く自由がなかった。


 そこまで優哉が危険な状態に追い込まれるという事態が、一体どんなものなのか想像してもわからないけれども。


 こんなに急に住み慣れた家から、宮殿に移動させられるとは思わなくて、優哉は護衛の父を引き連れて兄の部屋を訪れた。


「に‥‥‥」


 兄さんいる? と声を投げようとして、中から聞こえてきた声に優哉はノックの手を止めた。


「レインか。人違いであってくれれば、どれほど楽か」


「しかし彼女が後見役をやっているのです。おそらく本物でしょう。どうやって見つけ出したのか、それはわかりませんが」


「わからないのは外見の意味か。これが父上が冷遇した理由なのか?」


「調べましょうか?」


「やはり中断していたのか?」


「調べる意味を見出せませんでしたから」


「仕方がないな。再開させてくれ。母上にまで遡って調べてくれ」


「了解しました」


 ふたりの会話がなにを意味しているのかはわからない。


 でも、優哉のクラスに来た転校生。


 この事態に彼がなにか絡んでいるのだということは理解できた。


 思い切ってノックしようとしたとき、父がその手を引き止めた。


「?」


 視線だけで疑問を投げる。


 父はかぶりを振って優哉の腕を引っ張って二階へと戻った。


「父さんっ。なに?」


 自室に押し込まれて優哉が、少しだけ怒った声を出す。


「聞かなかったフリをしなさい。優哉」


「‥‥‥父さん?」


「お前が知るにはまだ早い。殿下もまだ優哉には知られたくないのだろう。ヘイゼル卿の呪いの真相について、殿下が語ろうとなさらなかったことが、その証明になるからな」


「真相って‥‥‥ミリアの問題ってあれで全部じゃないの?」


「忘れなさい。優哉。世の中には知らない方が幸せなことも沢山ある」


 父の顔ではなかった。


 優哉にはほとんど見せなかった将軍の顔だ。


 これは食い下がっても教えないだろう。


 でも、それで片付いている間はいい。


 それでもダメなときが来たら、優哉は現実に立ち向かえるだろうか。


 そのことがちょっとだけ不安だった。

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