第40話
ジェイクはミリアの身を拘束してから、弟と顔を合わせることができずにいた。
何故なら優哉が部屋に閉じ籠ってしまって出てこないからだ。
子供みたいな無言の抗議である。
気持ちはわかる。
そんな責任なんて取れない頃の罪を問われたって、ミリアージュ・ヘイゼルだって困るだろうし納得だっててきないだろう。
ジェイクが見てきた感じだと、彼女にはそういった注意を払う必要性を感じなかったから、ふたりが納得しないのは当たり前だと思えた。
しかしジェイクは弟であり、これから国王とならなければならない優哉のために、敢えて伏せた事実もあったのだ。
それこそがヘイゼル卿の呪いと恐れられる元凶とも言えるのだが、そのことは優哉には、どうしても言えなかった。
「セイルはどうしている?」
部屋に戻った途端待ち構えていた主にそう言われ、ミントは困ったように微笑する。
「相変わらず部屋に閉じ籠っておいでです。声をおかけしても返事もして頂けなくて。少々参っております」
「そうか。無理もないな」
そこまで答えてからジェイクは、じっと天蓋を睨んだ。
目が見えていることは誰にも教えていない。
目が見えていないと思われていた方が便利な場合あることを、ここ暫くで学んだのだ。
見えていることを明かすときは、その必要性があったときにしようと決めていた。
弟にいらぬ不安を与え続けるのは気が咎めるが。
「ミントはどう思う? あの話もセイルに打ち明けるべきだったと思うか?」
「難しい問題ですね。セイル殿下は問題の第二王子ですし。しかもジェイク殿下に代わって王位を継がれるお立場。事実を知れば苦しまれるでしょう」
「生きていれば15か」
目を閉じてジェイクが呟いた言葉にミントは小さく目を伏せる。
「何故こうも状況がヘイゼル卿が事件を起こした当時と似てしまっているのか。わたしはそれが一番怖い。セイルに危害が及びそうで」
「その事態を防ぐための掟です。それを破られるほど愚かでは」
「そう信じたい。だが、あの頃はどうだった?」
ジェイクの問い掛けにミントは答えられない。
事件が起きた当時、第二王子は平穏無事に生涯を終えたと、その治世についても褒め称えられているが、実際はなんの波乱もなく王位を継いだわけじゃない。
あの当時、国は内乱に近い状態にまで追い込まれていた。
すべて王となるべきなのが第二王子だったせいだ。
当初の予定通り世継ぎが、あのまま王を名乗っていれば、そんな事態にはならなかった。
王位を継ぐのが第二王子だから起きた争い。
それを指して人々はヘイゼル卿が起こした事件を「ヘイゼル卿の呪い」と呼んだ。
実際のところ、第二王子はかなり優秀で聡明で、王としても優れていたため名君として通っている。
しかし即位前後については謎とされていた。
その理由こそがジェイクたちが、優哉には隠している「ヘイゼル卿の呪い」の真相なのである。
「ミントはわたしが薄情だと思うか?」
「殿下が気にされることではありません。そもそもお探ししようにも、手掛かりがなにもなかったのです。セイル殿下には殿下と同じ刺青という明確な手掛かりがございました。しかしあの方にはなにも」
「なによりもセイルは隠れて王子として扱われていた。そこに刺青が加われば発見するのは容易い。その理由だけで探さなかったわたしを恨んでいるだろうな」
なにも証拠が残っていなくても、本気で探す気があれば方法は幾らでもあった。
それが不可能になったのは年数のせいだった。
年月がすべてを闇に葬ってしまった。
そうなる前に何故見つけてくれなかったと責められるだろうか。
それとも。
「その怒りがセイルに向かないか、わたしはそれが一番心配だ」
「それですね。もし素性を知っていれば、その可能性は否めないかもしれません」
「ミリアージュ・ヘイゼルの情報が流れれば利用される恐れがある。彼女の処置は早くするべきだろう」
「処刑されるのですか?」
この問いにジェイクは閉じていた目を開いてミントを振り向いた。
焦点がきちんと合っているのだが、ミントはそのことに気付かない。
就寝前で明かりを消していたことも関係していたが。
「そこまでしたらセイルに本当に嫌われてしまうだろう? わたしだって弟に嫌われたくはないんだ」
「そうですね」
ミントの口許が微笑ましそうに笑っているのを見て、ジェイクは文句を言いたかったが、我慢した。
目が見えない演技をしていたので。
「人知れず国外退去させてくれ。彼女が二度とこの国に立ち入らないように。そうしないとそれこそ命の保証ができないからな」
「畏まりました。信頼できる者に連行させましょう。明日にでも彼女には旅立って貰います」
「そうしてくれ。セイルが元気になったら残り少ないんだ。学園にも通わせてやってほしい。卒業までいられないだろうからな」
「はい。では失礼致します。お休みなさいませ。ジェイク殿下」
「ああ。おやすみ」
答えてミントが出て行くとジェイクは深いため息をつく。
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