第39話 幕間

 




「ヘイゼルの者ねえ?」


 そこに座っていても、絶対に顔を見せない主にそう言われ、彼女はひとつ小さく頷いてみせる。


「セイル殿下と親しく付き合っていたようです。事もあろうに王位を継ぐべき王子が、ヘイゼル家の令嬢と深く関わるなど由々しき問題」


「そもそも世継ぎになにかが起こった場合、第二王子が継ぐなんて誰が決めたの?」


「そうですね。前例があった。それだけの話です」


「あいつばかりが優遇されて狡いよ」


 どうせ第一王子以外の王族は知られていない。


 顔も名前すらも公表されていないのだ。


 だったら年齢ではなく、優秀さで王を継ぐ者を決めればいいではないか?


 確かにセイル・マクレインの優秀さは常々聞いていた。


 その人柄も多少優しすぎるせいで優柔不断な印象は与えるが、その分人に信頼されやすく、周囲からも好感を持たれていると聞いている。


 人物像は概ね好評で、世継ぎとしてなんの不満もない人物だと言える。


 これまでの人生を振り返っても、あいつはなんの問題も不自由さもなく暮らしていた。


 有り余るほどの愛情を注がれて育ってきた。


 あいつばかりが何故。


 そう思って何故悪い?


「ジェイク殿下も兄の名乗りをあげられない時から、あいつを可愛がっていたって専らの噂だしね」


「‥‥‥」


「あいつは不幸の元凶だ」


 その言葉に女性はただ頷いた。


「あいつのことがあったから、ジェイク殿下は婚礼を急がれた。ミルベイユほどの大国なら、婚約者を迎えに行く必要もなかったのに、急かしたからと出迎えに動いた。そのせいであの人はっ」


「王子を殺したも同じ。何故皆そんな者を次の王に迎えようとするのか。わたしには理解不能です」


「そうだよね。ミントもどうかしてるよ。ジェイク殿下が亡くなって、どうしていきなりセイルに鞍替えできるんだ? ただ彼の遺言だってだけで」


 ミント。


 主の口から飛び出した名に女性は、きつくその唇を噛み締める。


 その名は彼女の一番嫌いな名前だった。


 生涯のライバルの名前。


 彼女の擁立するのがジェイク殿下の場合は、正当な世継ぎということもあり、正面から敵対する気もなかった。


 しかし彼の次に擁立するのが、セイルなら自分は。


「動いてくれる?」


「仰せのままに」


「セイルには死んで貰うよ。この国に第二王子は必要ない」


「ヘイゼルの令嬢は、丁度いい理由になるでしょう」


「そうだね。でも、あいつの家に匿われているらしい、その人物が少々気掛かりだけどね。誰なんだろう?」


「貴方が気になさる必要は、どこにもありません、我が君」


「きみだけだよ。そう言ってくれるのは」


 小さく笑う声に女性は深々と頭を垂れる。


 まるで王に忠誠を誓うように。


 それを前にして瞳を輝かせ、その人物はこれからの未来に想いを馳せる。


 なにも知らない幸せなセイル。


 お前からすべてを奪ってやるよ。


 死んだ方が楽だという苦しみと共に。

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