第38話

 姫のことが好きで好きで、そんな蛮行に及んだのなら、姫への気持ちを貫くべきだ。


 なのにその影で婚約者とも、そういう関係になっていた?


 あまりに身勝手な話にミリアは握り締めた拳を震わせた。


 それが自分の先祖?


 信じたくなかった。


「もちろん結婚前のことであり、彼女を処刑はできない。だが、生まれてくる子が、ヘイゼル卿の血を引いていることも事実。話し合いの結果、子供が生まれたら、孤児院に預けることで令嬢には同意して貰ったんだ」


「その子はどうなったの?」


「生まれて来たのは男の子でな。もちろん素性はなにも知らせていなかったし、ヘイゼル卿の家名は、そこで絶えると誰もが思っていた。だが、どこで知ったのだろうな? その子は自分が公爵家の直系であることを知っていた。そしてそれを誇りに思っていたんだ。例えそれが反逆者の血筋でも、孤児院にいる自分にとっては誇りだったんだ」


 確かに孤児院育ちという境遇的には、公爵家の嫡男という現実は誇りに思えるだろう。


 父親が反逆者になっていても、自分は貴族の子。


 その現実がきっと支えだったのだ。


「その子は孤児院で与えられた姓は名乗らず、ヘイゼルを名乗った。それがミリアージュ・ヘイゼル。そなたの家系だ」


「‥‥‥」


「第二王子が即位するというのは、当時には考えられないことだった。この国にとって重要なのは第一王子の血筋。ずっとそれが保たれて来たのに、ヘイゼル卿が国王を弑逆したことで、第二王子の血筋が主家となってしまった」


「それは歓迎されてなかったってこと?」


 首を傾げて問いかける弟に、ジェイクはどう答えようか少し悩む。


「正当な王家の血が絶たれたことを言ってるんだ。窮地を救った第二王子を歓迎しなかったわけではない。ただそういう境遇だったんだ。ヘイゼル卿のせいで王家は正当な血の受け継ぎを絶たれてしまった」


「じゃあぼくらって正当な第一王子が受け継いだできた家系じゃなくて、第二王子の血筋だってこと?」


 そうだとジェイクは頷いた。


「ヘイゼル卿の呪いだと当時は騒がれたようだ」


「「呪い?」」


「ヘイゼル卿のせいで、この国の歩む歴史が狂ってしまった。ヘイゼルの者を許すべからず。そんな意見が少なからずあった」


 それだけ第一王子の血筋が重要視されていたということである。


 それを絶っただけでなく、二度も大事件を起こしている。


 ヘイゼル家は生き残ったが、弾圧が強くなるのは避けられなかった。


「そこで臣下たちの不満を解消するべく定められた掟。それはヘイゼル家の者は永久追放とするというものだ」


 ピクリとミリアの身が震える。


 優哉も複雑そうにミリアを見ている。


「だが、自分は公爵家の血筋。そう自負を持っていた彼には通用しなくてな。国外追放を命じても受け入れなかった」


「それで今もこの国にヘイゼル家の者が居たんだね」


「もちろん臣下たちは納得しなかった。なによりもまた蛮行が起こって、王家に災いが起きることを臣下たちは恐れたんだ。だから、徹底的にヘイゼル家の者を排除してきた」


「だから、あたしも高等学園に入れるはずはなかった?」


 問いかけにジェイクは頷いた。


「そなたがセイル、ユーヤの幼馴染で、とても親しくなければ、絶対に入学できなかっただろう。そなたの入学が特別に許されたのは、そなたがセイルの幼馴染だったからだ。セイルがそなたを可愛がっていたから、特例が通ってしまった」


 ミリアがどんなに頑張っても、本来なら高等学園への入学のときに、優哉とは離れ離れになる運命だった。


 それが可能になったのは優哉が第二王子だったから。


 彼がミリアを可愛がってくれたから、特例で許されたことだった。


 そう知らされてミリアは目を伏せる。


「そなたがセイルの傍に居られない理由は、さっき言った通りだ。そなたの存在そのものが、セイルの治世にとってガンなんだ」


 はっきり迷惑だ邪魔だと言われてミリアは唇を噛む。


「でも、そんなのミリアにもおじさんにも関係ないでしょ?」


「セイル。関係ないで片付いたら、誰もヘイゼルの名に過敏になったりしない」


 言われて優哉も言い返せなかった。


 大事なのはミリアがヘイゼルの血筋の者だということ。


 その現実の前には、どんな主張も言い訳にされてしまう。


 それは認めるしかなかった。


「ヘイゼル家の者は、その家系図的に背負っている罪のせいで、絶対に表舞台には出られない。だが、セイルはそのヘイゼル家の令嬢と幼馴染として育ってきた。これがなにを招くか、ふたりとももうわかっているな?」


 言われてもふたりとも答えられなかった。


 付き合うこと自体が罪悪。


 そう言われて。


 泣き出したミリアを優哉は、なにも言えずに見守るしかなかったのだった。

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