第30話
「否定してるけど、それ、逆説の意味で肯定してるよね。彼女の処罰には、ぼくへの気持ちが絡んでる。それにぼくが次期国王であることも」
この言葉に答えはなかった。
ミントは顔を背けたまま目を合わせない。
それが答えだった。
「ぼくが王族になんて生まれなければ、そうしたらミリアをこんな目に遭わせずに済んだんだ」
泣き出しそうなその言葉にミントはかぶりを振る。
「例え殿下が王族ではなくても、彼女は日の当たる場所には出られない運命です」
「どういうこと?」
「それが彼女の持って生まれた運命だとお諦め下さい。正直に申しますと殺されないだけ有難いと思ってほしいところなのですから」
「殺すって」
優哉が言葉を失ったとき、ガタンと扉の付近で音がした。
ハッとふたりが振り返る。
そこではケントが愕然とした表情で立っていた。
「ケント」
「どういうことなんだ? ミリアの気持ちがユーヤのところにあるとか、ミリアがユーヤに無理にキスしたとか。それにユーヤが王族で次期国王だとか。一体なにがどうなってるんだ?」
「ケント・ネイル。少し静かにしなさい」
ミントの威厳溢れる声にケントが気圧されて黙り込む。
「扉を閉めて中に入りなさい。聞かれてしまったのなら、説明しますから」
言われてケントは覚悟を決めて扉を閉めて中に入った。
優哉は窓の近くにいて苦い顔で顔を背けている。
ケントにはよく見知っているはずの優哉の顔が、今はまるで知らない人に見える。
「まずはミリアージュ・ヘイゼルについてですが、これは本来殿下がされるべき説明です。ですがここで聞かれてしまったので、わたしの方から説明しましょう。彼女は幼い頃からセイル殿下が、幼馴染のユーヤアヤベが好きだったようです」
ここでミントは大体の説明をした。
ミリアはずっと幼い頃から優哉が好きだったこと。
でも、優哉は妹としてしか見ていなくて、彼女を全く意識していなかったこと。
幼馴染の妹代わりでしかないことを彼女が気に病んで焦れていたこと。
そんなときにケントから告白され、彼女は優哉を刺激するため、優哉に嫉妬させるために、好きでもないのに告白を受けたこと。
でも、彼女は遂に行動を起こし優哉に気持ちをぶつけ、そのときに無理に彼にキスしたことを。
「俺のことは好きでもなんでもなかった? 俺の告白を受けたのは、ユーヤへの当て付けだった? ユーヤをその気にさせるための当て馬だった? 俺は?」
ケントは愕然とそう溢した。
優哉はなにも言えない。
ただ唇を噛んで黙っていることしかできない。
「このことで殿下は貴方やミリアージュ・ヘイゼルと、きちんと話し合われるおつもりでした。ご自分の責任から逃げ出すつもりはなかったのです。ただそれよりもわたしの動きの方が早かっただけで」
「ユーヤが王族だって?」
「はい。本名はセイル・マクレイン様と申されます。先の国王陛下の第二子に当たられます」
「そんな王子がいたなんて全然知らない。聞いたこともない」
「この国では第一王子以外は、王子や王女を名乗れません。複数お子様が生まれても、そう名乗れるのはただひとり。お世継ぎだけです。ですから第二王子以下のお子様方は市井へと出されて臣下の養子として育ちます」
「え? じゃあユーヤって養子だったのか?」
信じられないという声に優哉はそうだろうなとため息を漏らす。
自分で言うのもなんだが、優哉はなさぬ仲の割には、両親とは仲の良い親子だったと思う。
血の繋がりを疑う要素があるとしたら、似ていない外見や髪や瞳の色の違いくらいだ。
だから、優哉の素性はバレなかったのだろう。
「でも、どうしてユーヤが次期国王なんだ? 普通ならジェイク殿下が」
「ジェイク殿下はもう国王にはなれません」
「なんで?」
「理由が必要でしょうか。それは一国民に知らせるような内容ではありません」
ミントの言い方は慇懃無礼というのだろうか。
優哉の親友ということで一応敬意は払っているが、口調にどこか挑戦的な色があった。
頭を抱えて割って入る。
「ミント教授。そんなに突き放さなくてもいいでしょ? どの道いつかは説明しなければならないんだし」
「ですがそれは今ではありません。今現在ジェイク殿下の身になにが起こったか、それを説明する権限をわたしは持ちませんし、セイル殿下にしても説明すべき時期ではないことは、お認めになっていらっしゃるはずです」
「わかってるけど」
教授を名乗るミントと対等に話している優哉を見て、ケントは認めるしかなかった。
彼が次期国王なのだと。
そして彼の護衛か、若しくは保護のために、この女性がやって来た。
つまりその時点でジェイクの身になにかが起こっていて、彼は既に王位を継げない状態だった。
そうなると王位を継ぐ資格を持っているのは、幼い頃に養子に出された第二王子のみ。
そのために優哉は王族という立場に戻らなければならなくなった。
そういうことなのだろう。
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