第26話
夕食の後でジェイクは、じっと部屋で天蓋を睨んでいた。
呼び出した相手はまだ来ない。
苛立ち始めた頃、ノックの音がした。
「遅いぞ、入れ」
「失礼致します」
入ってきたのはミントだった。
本当は護も呼ぼうかと思っていた。
少なくともミリアの素性について、義父である護が知らないとは思えない。
セイルに関して義父に選抜された時点で、護が全権を任されていたのだから、当然の帰結だろう。
しかし個人的な彼女の気持ちまで知っていたとは限らない。
事が表面化していない今、義理の父である彼の責任にはしたくなかった。
「なにか御用でしょうか、殿下」
枕元に立っている彼女の顔を見上げる。
「何故黙っていた?」
「なにをでしょうか?」
「セイルに告白した幼馴染がミリアージュ・ヘイゼルであったことだ」
「やはりそのことでしたか。セイル殿下が打ち明けられるとは限りませんでしたし、それに殿下からは妹代わりだと聞いていましたから」
「答えになっていない」
責めるとミントはため息をついた。
「常々疑問に思っていた。何故ヘイゼルを名乗っている者が、高等学園に入れたのか。あそこは代々の世継ぎが学ぶ学園だ。それなりに審査も厳しい。なのに飛び級してくるなんて、どう考えても異常だった」
最初は弟の傍にいつも居て慕っている少女は、ミリアという名だとしか知らなかった。
弟からは紹介されていなかったし、無闇にプライベートに踏み込んで、嫌われるのも怖かったから、ジェイクから訊ねることもなかった。
でも、あるとき教授たちが彼女の話題を出していて、そのときにフルネームを知ったのだ。
ミリアージュ・ヘイゼルだと。
嘘だと思った。
ヘイゼル家の者があの学園に入れるわけがないと。
だから、密かに家系図を調べさせ勘違いではなかったことを知った。
彼女はアルバート・ヘイゼル卿の家系の直系だった。
本来ならば表舞台には立てないはずの家の出。
信じられなくて暫く様子を見ていたが、本人には注意を喚起しなければならないような素振りはなく、見守るだけにしておいたのである。
まさか弟の幼馴染として育ってきていたとも知らずに。
調べさせたのは家系図だけで、彼女の身辺調査ではなかったから、その事実が出てこなかったのだ。
出てきていたら彼女をあの学園から、追い出そうと動いていたかも知れない。
弟の傍には置いておけないと。
「それはおそらくセイル殿下のご威光かと」
「セイルの?」
「彼女は本当に幼い頃から、殿下と共に過ごしてきたようです。共に泣き笑い勉学に励んできました。殿下のことを調べさせていた密偵からも、その報告は受けています」
「知っていたら何故引き裂かなかった! もしこれが大臣たちの耳に入ったらっ!」
「はい。下手をしたら異端者狩りが起こります」
「平然と言わないでくれ、胃が痛い」
「ヘイゼル家の者は永久追放とする。この掟はあの頃から変わっていません。ですがセイル殿下のことは盲点でした」
「どういう風に?」
「セイル殿下は幼い頃から、あの少女をとても可愛がっていらしたようです。まるで実の兄妹のように」
それは知っている。
一年とはいえ傍で見てきたから。
微笑ましいふたりのやり取りを。
「最初に将軍に引き離すように命じたとき、セイル殿下が珍しく我儘を言われたようです」
「セイルが我儘を言う?」
今の弟の姿からは想像できない。
どんな我儘も我慢してきたような印象だったのだが。
「最初で最後の我儘だったとか。ミリアと付き合うのだけはやめたくないと」
「頭の痛い」
「将軍も何度も説得はされましたが、滅多に我儘をおっしゃらない殿下です。とても引き裂けなかったと」
それで現在に至るということか。
ふたりの関係性についてはわかったが、彼女が高等学園に入れた理由はなんだろう?
それを問うとミントは深々とため息をついてみせた。
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