第25話

「セイルはあからさまな好意を寄せられていても、面と向かって言われるまで気付かないタイプだと、この一年で学んだよ」


「酷い言われようだね」


 拗ねる優哉に兄が笑う。


「だから、その娘もわかっていたはずなんだ。そんな方法ではセイルには、気持ちは伝わらないと」


「確かにね。その程度のことがわからないとも思えないし」


「だけど告白はしなかった。多分怖かったんた」


「怖い?」


 不思議そうに訊ねると兄は頷いてくれた。


「はっきり告白して異性としての気持ちを求めて、もし振られたら、もう幼馴染にも戻れなくなる。それが怖かったんだろう」


 迷っていたんだと兄は言う。


 幼馴染という関係から一歩踏み出すことを。


 優哉を好きなミリアも恐れていた。


 それにより自分たちの関係が壊れることを。


 だから、気付かないと承知して、そんな遠回しな方法でしか意思表示できなかった。


 そう言われてため息が出た。


「気付かないとわかっている方法で意思表示していたのに、セイルが気付いてくれなかったと責めるのは、あまりに自分勝手だ。その娘だってわかっているはずだ。自分の怒りが八つ当たりに過ぎないことは」


「八つ当たり?」


「そうだろう? だって気付くはずがないと本人もわかっていたんだ。なのに告白はしなかった。そのくせ気付かないと責める。これを身勝手と言わずになんて言う?」


「あれが八つ当たり?」


 呟くと兄に呼ばれて近くに移動した。


 絨毯に膝をつき顔を覗き込むと、兄の左手が髪を撫でてくれる。


「自分を責めてばかりいても、問題はなにも解決しない」


「うん」


「その娘には偽りの彼氏がいるんだったな?」


「うん。ぼくの友達だよ」


「だったらどちらに対しても誠実さを忘れないこと。セイルにできることはそれだけしかない」


「それだけでいいのかな?」


「どのみち偽りの関係を築いてしまった責任はその娘にある。もしセイルがその娘を好きになってしまったら、さすがに問題だと思う。セイルの親友も騙されたと、ふたりして利用したと責めるかもしれない。だが、まだそうじゃない」


 優哉がミリアを好きになってしまったら、本当の意味でケントを利用したことになる。


 そう言われて胸が痛かった。


「嘘で築かれた偽りの城は、いつかは崩れ落ちるものだ。傷が浅い内に解決した方がいい。どちらに対しても誠実さを忘れずにな」


「もう元の関係には戻れない? 3人とも?」


「無理だろうな。一度男と女という関係に入り込んでしまったら、後は泥沼だ。幼馴染には戻れないよ」


「そう‥‥‥なんだ」


「親友関係がどうなるかはセイルの気持ちと、後は騙されて彼女を得たと思っているその親友次第だな」


「やっぱり許してくれないかな?」


「さあな。それはその親友が決めることだ。そしてその鍵を握っているのが、セイルの気持ちだということを忘れないことだ」


「ぼくの気持ち」


「そうだ。セイルの気持ちが誰の下にあるか、もしくはないのか。それですべてが決まってくる。わたしに言える助言はひとつだけだ。誰に対しても誠実さを忘れず、そして自分に対しては正直でいろ、と」


 髪を撫でてくれる大きな手。


 この人が兄なんだなあと今更のように実感する。


「ミリアにも兄がいたらよかったのに」


「? ミリア? もしかして話に出ていた幼馴染の女の子というのは、セイルがいつも一緒にいたミリアージュ・ヘイゼルのことか?」


「あれ? どうしてフルネームまで知ってるの? ぼく教えたことあった?」


 問いかけに兄は、それ以上なにも答えてくれなかった。


 ただ難しい顔で黙り込むだけで。


 いつかミントに言われて得た不安が蘇るのを感じていた。


 人知れず。

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