第20話
宮殿での主治医は呼べないと言い張るジェイクの意志で、呼ばれたのは町医者だったがジェイクの容態を説明されたとき、ミントも護も秋子も青ざめて声がなかった。
下半身不随。
そして右腕の神経の麻痺。
一時的なものと判断はされたが目もダメになっている。
手当ても出来る限りのことはされたようだが、初期の手当てが大雑把すぎて肌に沢山の傷が残っているらしい。
ミントは泣き出したいのを堪えるのに必死だった。
おまけに食事も宮殿にいた頃と比べると、格段に劣っていたらしく、ジェイクは軽い衰弱も起こしていて、とても元気だと言える容態ではなかった。
町医者にこれでは自分の手には負えないと言われて、ミントたちはジェイクになんと反対されようと主治医を呼ぼうと決意した。
「これではジェイク殿下が国王になるのはセイル殿下だと申されたのも無理はありませんね」
「そう……ですね」
護の言葉に心ここにあらずでミントが答える。
「あの子は知っていたのかしら? 知っていたから自分ひとりでジェイク殿下を助け出そうとしたのかしら?」
「それはあの海賊たちが殿下をこんな目にあわせたという意味ですか、アキコ?」
「違いますよ、ミント様。もしそうならあの子はもっと警戒していたはずです。あの子だけでなくジェイク殿下も」
「それにジェイク殿下は無事に解放されている。犯人はあの海賊たちではないでしょう。おそらく彼らは助けたジェイク殿下を人質にして身代金を要求しただけ。セイル殿下がどうやって身代金を用立てたのかはわかりませんが」
本当にこんな目にあわせた犯人なら、さっさとジェイクを殺しているはずだ。
不完全とはいえ海賊にできる最大限の手当てだってしていないだろう。
そこから読み取れるのは彼らはジェイクを助けた相手だということ。
だが、海賊の掟として無償で返すことはできないから、おそらく唯一素直に身代金を用意しそうな優哉に連絡を取ったこと。
それだけだ。
「取り敢えず今は殿下方から事情を聞きましょう。船が沈んでからなにがあったのかを」
護の言葉に頷いて3人は現在ジェイクの部屋になっている客室を目指した。
そこではホッと安堵したのか、気力が抜けたように優哉が枕元で眠り込んでいる。
上半身を起こしたジェイクが、そんな弟の髪を唯一動く左手で撫でていた。
「ジェイク殿下」
「ミントか?」
声のした方をジェイクが振り返る。
だが、やはり焦点が合っていない。
目が見えていないのだと思うと今にも泣きそうだった。
「他にもいるようだな。だれがいる?」
「わたしと妻です」
「そうか。それなら話を聞かれてもさほど問題はないだろうな」
「船が沈んでから一体なにがあったのですか、ジェイク殿下?」
ミントの震える声にジェイクは自分にわかっている事情は説明した。
船が沈んでからも、なんとか船の残骸を頼りに救助を待っていたこと。
そのときに突然、鮫に襲われたこと。
そこを通りすがりの海賊たちに助けられたこと。
それから何日経ったのかはわからないが、意識が戻ったとき既にこの状態だったこと。
生命が助かっただけでも奇跡だったことを。
「どうして……セイル殿下ではなく、わたくしにご連絡を下さいませんでした?」
「ミントがわたしの無事を知れば、セイルを放置してわたしの救出に動くだろうと思ったんだ」
当たっていたのでミントもなにも言えない。
ジェイクの無事を知れば、確かにミントなら優哉も放り出して、彼の救助に動いたはずだった。
「そうすればセイルが危険だ。ただでさえいきなり出てきて国王になるセイルを快く思っていない者が大勢いるだろう。そこでミントが護衛から外れるというのは、セイルの身が危険になるだけだ。だから、ミントには教えられないと思った」
「それなら大臣たちに知らせるとかっ」
「聡明なそなたらしくもない。大臣たちがわたしがこんな身体になったことを知れば、五体満足で正当な第二王子であるセイルと、これだけの障害を得た死んだはずの第一王子とでは、一体どちらを取ると思う?」
確かに今のジェイクでは国王にはなれない。
頭脳には問題はないだろうが、とても国王が務まる容態じゃない。
それに見比べた場合、危険を犯してまでジェイクを助けるという保証は認めたくはないがどこにもなかった。
「セイルが助けてくれるという確信はどこにもなかった。わたしが死んだと思われたことで、初めて出生を知ったんだ。恨まれている可能性も熟知していた」
「殿下。セイル殿下は、優哉はそんな子ではありませんっ」
母として息子を庇う秋子にジェイクが苦い笑みを浮かべる。
「そうではない、アキコ。セイルを信じられなかったのではなく、自分に自信がなかったんだ」
ジェイクがそう思う気持ちはわかったので、だれもなにも言えなかった。
「突然こんな身体になったことで弱気になっていたのかもしれない。自暴自棄に陥りかけていたわたしには、セイルがわたしを助けてくれるという確信が持てなかったんだ」
「お気持ちはわかりますが、それではあまりにセイル殿下がお気の毒です」
「セイルが無事に助け出すからと、このスカーフをくれたとき」
そう言われて3人がジェイクの右手首を見ると、そこには失われたはずの優哉のスカーフが巻かれていた。
そういうことかと3人は納得した。
必ず助け出すからという意思表示で、優哉は大事な父の形見を兄へと手渡していたのだ。
だから、スカーフをしていなかった。
そういうことだろう。
「わたしは初めてセイルの心を知った。死んだ方がよかったと自暴自棄に陥っていたことを反省した。セイルはこれほどまでにわたしの無事を喜んでくれたのに、そんな弟をおいて死ぬことが弟のためだと思っていたんだ。わたしも大概バカだな」
「殿下はこれからどうなさりたいのですか? 宮殿へは?」
「いつかは戻らなければならないだろう。臣下たちがそれを認めれば、だが」
「ぼくは国王になっても兄さんを追い出すことは認めないよ」
突然の声に3人が視線を向けると優哉が目を擦りながら起き出すところだった。
そんな弟の髪をジェイクが撫でている。
足りなかったそれまでの触れ合いを取り戻すためであるかのように。
「どんな身体でも前の国王の第一王子なんだよ? ぼくの兄さんなんだよ? 邪魔者扱いなんてさせないよ」
「それは……ジェイク殿下の代わりに国王になって下さるということですか、セイル殿下?」
「ミント? どういう意味だ? セイルの即位はもう決まっていたことだったのではないのか?」
不思議そうなジェイクに護が説明した。
「優哉はずっと国王にはならないと言っていました。国王になるとはっきり告げたのは今が初めてです」
驚いたように口を噤むジェイクに優哉が苦い笑みを浮かべる。
「ぼくが即位を認めれば兄さんの帰る場所がなくなるんじゃないか。そう思ったからすんなり頷けなかったんだ」
「セイル」
「それに自分が捨てられたという拘りもあった。今更王位を継いでほしいと言われても納得できなかったんだよ」
「済まない」
両親の思い出がなにもない弟に対して他にどう言えばいいのか、ジェイクにはわからなかった。
「でも、ぼくが国王になることで兄さんを護れるなら、ぼくは国王になるよ」
なにも言えずにジェイクはただ弟の髪を撫で続けた。
どこまでも優しい弟の真心に触れて。
そんなふたりを見て3人ともなにも言えなかった。
これから嵐が起きると感じて。
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