第19話
「世話になったな」
「お世話なんてしていません。わたしたちは礼を言うべき相手ではありませんから」
「身代金を取っておいて礼を言われても困るぜ。若いの」
「だが、生命を助けてもらった。その後も自暴自棄に陥りかけたわたしを支えて励ましてくれた。身代金はその礼だと思ってほしい」
「兄弟揃って人がいいというかなんというか」
困ったような海賊たちに指示されて、優哉が先にタラップを降りていく。
ジェイクをどうやって降ろすんだろうと下から見ていると、ロープでグルグル巻きにしておいて、ゆっくり丁寧に降ろしていた。
タラップを使えば落としかねないからだろう。
その様子をミントたちが隠れて見守っている。
ジェイクは全身包帯だらけで、おまけに深くマントを被っている。
これは優哉の指示だ。
姿を見られると素性がバレかねないので、出てくるときに着せてくれと言ったのである。
だから、ミントたちにもわからなかった。
非常手段で船から降ろされたのがジェイク殿下であると。
地上へと降ろされたジェイクの下へ優哉が駆け寄る。
降りるのを手伝ってくれた海賊たちが心配そうにジェイクを覗き込んでいた。
「ありがとう。もう行った方がいいよ。ぼくの護衛が出てきたら捕まるから」
「兄弟ふたり仲良くな」
そう言ってふたりの頭を交互に撫でると海賊たちは急いでタラップを登っていった。
優哉の言葉が事実だとわかっているからだ。
それは暫く優哉を見張っていてわかっていた。
彼が護衛されている立場であることは。
おまけに優哉の父は軍の責任者。
金を受け取り人質を返した以上、長居は無用である。
海賊たちの船が離れていく。
ここ暫くで耳が格段に良くなったジェイクは弟に声を投げた。
「行ったのか?」
「うん。行ったよ。身代金は取られたけど、それも兄さんが言ったみたいに、生命を助けてくれたお礼だと思えば安いものだし。あね海賊たちにはどれだけ感謝してもし足りないよ」
両腕で兄を抱いて兄の身体を全身で支えている優哉は、今更のように実感する。
兄が無事に戻ってきたのだと。
身体はこんなになってしまったけれど、でも、生きていたっ!!
それだけでいいと優哉は思う。
「お帰り、兄さん」
「セイル」
「お帰りなさい、兄さん」
その言葉にはふたつの意味が込められていた。
無事に戻ってきたことに対する「お帰り」と、生命が助かって生きて帰ったことに対する「お帰りなさい」と。
弟からの心からの言葉にジェイクはぎこちなく微笑んだ。
完全に海賊たちが消えてから、慌てたように父やミントたちが集まってきた。
そちらへと優哉が視線を向ける。
気配でそれを感じてジェイクが声を出した。
「なんだ?」
「父さんたちやミント教授がきたんだよ。放置されているわけがないからね。あの海賊たちが捕まらなかっただけマシと思わないと」
「優哉っ!!」
ここで『殿下』とは呼べないので、父が当然なようにそう呼んだ。
駆け寄ってきて皆は警戒したようにマントに包まれたジェイクを見ている。
「その方は? 今までなにをなさっていたのですか、セイル殿下」
「その声はミントか?」
「え?」
一瞬唖然としてからミントが慌てて跪いた。
そっと優哉の腕の中を覗き込む。
傷だらけですっかり痩せていたが、間違いなくそこにはジェイクがいた。
「殿下っ。ご無事だったのですかっ!?」
ミントは慌てたようにジェイクに触れようとしたが、ジェイクは微塵も動かない。
そのことに戸惑って手を止める。
周囲もザワザワとざわめいていた。
そんなミントに説明しようかと思ったが、さすがにここではまずい気がした。
「済まないがマモル。わたしをそなたの家まで運んでくれないか?」
「宮殿ではなく、ですか?」
「事情説明をして受け入れられるまでは宮殿には戻れない。正直なところ生きて戻ってきても歓迎されない可能性があると、わたしにだってわかっていたんだ」
「殿下の生還を歓迎しない臣下などおりませんっ」
ミントが感激の涙を浮かべながら否定する。
しかしジェイクは素直にその言葉を信じることができなかった。
「どうして歓迎されないと思うのか。それは説明すればわかってもらえるだろう。とにかくここでは説明もできない。そなたの家へ運んでくれ、マモル」
「承知しました」
「兄さんの傷は癒えてるの?」
優哉の声にジェイクを抱き上げようとしていた護も動きを止める。
「癒えてるよ。少なくとも触れられて痛みを感じるほど酷くはない。治癒するだけの時間は経っているから」
「なら大丈夫だね」
ホッと安堵した声を聞きながら護はジェイクを抱き上げたが、そのとき彼があまりに軽かったので驚いた。
それだけ痩せたということだ。
ジェイクは鍛えていたから、こんなに軽いわけがない。
「取り敢えず後で説明するんだぞ、優哉」
「わかってるよ。でも、海賊船に乗り込んでいる間放っておいてくれてありがとう。乗り込んできたらどうしようかと思ってたんだ。兄さんを無事に取り戻すために」
「セイル殿下。今一言だけ言わせて頂きます。殿下のご無事を知ったのならご報告くださいっ。わたしがどれほどご心配申し上げていたかっ」
「ごめんなさい、ミント教授。でも、外部に知らせるなって指示だったし。それに兄さんが普通の状態じゃないって聞いてたから報告する決心ができなくて」
「セイルにも困ったものだな」
苦笑したジェイクの声に優哉が父の腕の中にいる兄を振り向いた。
「どうして?」
「これから国王になろうかというそなたが、それほど低姿勢で臣下と接してどうするんだ? 無意味に威張る必要はないが、そこまでへりくだる必要もないと思うぞ」
「殿下がご無事だったのに、どうしてまだセイル殿下が国王になると仰せなのですか?」
わからないというミントの声にふたりとも答えられなかった。
今のジェイクの容態では、とても国王という激務は務まらないということは、ふたりにもわかっていたので。
「取り敢えず戻りましょう」
「将軍」
「どうやらジェイク殿下はただならぬご容態のようです。家に戻り説明を受ければ、どうして殿下がそう申されるのかもわかるでしょう。それに今は少しでも早く殿下に休んで頂いて治療を受けて頂かなければ」
「そうね。戻りましょう。でも、殿下がご無事でよかったっ」
いつも毅然として平然としていたミントだが、手塩にかけて育ててきたジェイクの死が堪えないわけがない。
本当は心で泣いていたのだ。
感激している彼女を見てそのことを知り、優哉は今更のように自分の感じていたことが間違いであることを知る。
だれが国王になっても構わない。
臣下たちはそう感じていると思っていた。
でも、違うのだ。
国のために個人的な感情を殺していただけ。
本当は不安だったし心配もしていた。
大切な人が亡くなれば泣いてもいいのに、それも我慢していた。
本当に自分の目は節穴だなと優哉は痛感していた。
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