第18話



「あれは男ですね」


 ミントの隣を歩きながら護が言う。


 ミントも頷いた。


 骨格とか体つきとかがまるで違う。


 男が女に化けるのは基本的に不可能なのだ。


 それを可能にするには普通の男では無理なのである。


 優哉は引っ張られるままに歩いていて、やがて一隻の船に乗り込んだ。


 さすがにミントたちも乗り込もうかどうしようか迷ったが、やがて護が青ざめてミントに耳打ちした。


「あれは海賊船です」


「海賊船?」


「それもおそらく海の貴族と呼ばれている比較的温厚な海賊です。セイル殿下の強張った顔からして、相手の素性は知っていたようです。それでも乗り込んだということは、おそらく身の危険はないのではないかと」


「乗り込むべきかしら?」


「船の上では危険でしょう。もう少し様子を見ましょう。幸いタラップは掛かったままですし」


 護衛たちがそんな会話を交わしているとも知らない優哉は、その頃船内の医務室に案内されていた。


 そこではジェイクが寝かされている。


 目を開けているが優哉が入ってきたのに振り向かない。


 心配になって枕元に駆け寄った。


 そっと手を握る。


 だが、右手を握っても反応しない。


 気付いた様子もない。


 優哉が戸惑っていると案内してくれた少年が注釈した。


「左手を握ってみて?」


 言われて左手を握ってみる。


 するとようやくジェイクが振り向いた。


 目はどこかわからないところを見ているが、優哉が手を握っていることに気付いたようである。


「だれだ?」


 目の前にいて跪いた優哉が左手を握っているのにジェイクはだれだと言った。


 信じられなくて目を見開くと医師らしい青年が姿を現した。


「その方は下半身が不随の状態で右腕も神経がダメになっています。それにこれは一時的なショックによるものとは思いますが目も見えません。ですからあなたが見えていないしわからないんだと思います」


 そこまでとは思わなくて優哉の瞳に涙が浮かぶ。


 どうしてこんなことにと泣く優哉に医師が説明してくれる。


「船が沈んだのでしょう。波に流されているところを発見したとき、その方はサメに襲われていました」


 ゾッと振り向くと医師も連れてきてくれた少年も神妙な顔をしている。


「海の掟に従ってわたしたちが助けましたが。そのときは」


 言葉を濁す医師に優哉はぽろぽろと泣いた。


 左手に額を押し付けてただ泣く。


 そのときぼんやりしていたジェイクの瞳が動いた。


 驚いたように見開かれたのである。


「まさか……セイル?」


「迎えに来たよ、兄さん」


 素直にそう呼べた。


 こんな身体になった兄に対して他人行儀に振る舞うなんて、優哉にはどうしてもできなかったから。


 ジェイクの見えない瞳からも次々と涙が溢れた。


「本当にセイルなのか?」


「身代金は用意したよ。だから、帰ろう? 帰ろうよ、兄さん」


 泣き崩れて顔を伏せる弟の髪を撫でたかったが、ジェイクにはどうしてもできなかった。


 ただ握った手に精一杯の力を込める。


「心配をかけたな」


「いい。無事だったらそれだけでいいからっ」


「恨んでいないのか、わたしを?」


「どうして兄さんを恨むの? ぼくの境遇に兄さんは関係ない。それは両親のことは許せないけど、ぼくのことを知ってずっと気にかけてくれて、苦しんできた兄さんのことは恨んでないよ」


 言いたいことは沢山ある。


 でも、ここでは言えない。


 だから、優哉は背後に控えていた海賊たちを振り向いた。


 いつの間にか頬に傷のある船長らしき男性もいる。


「あなたが船長?」


「ああ。そうだ。悪いな。そんな身体になったっていうのに人質にして身代金を要求したりして」


「海賊の掟なんですよ。慈善事業はしないというのは」


 ドクターがそう答えて優哉は船長に近付いた。


「これが約束の宝石だよ。ただ普通の方法じゃあ換金できないって」


「すげえな。ピンクダイヤなんて初めて見る。しかもこの大きさだって?」


「兄さんは連れて帰ってもいいよね?」


「構わねえが。どうやって連れて帰るんだ? あんな身体だっていうのに」


「船を降りるのを手伝ってもらえれば後はなんとかするよ。たぶんなんとかなると思うんだ」


 自分が野放しにされているとは思っていない優哉である。


 護衛たちは今も付き従っているだろう。


 今は様子見しているのかもしれないが、優哉がジェイクを連れて出ていけば、海賊たちが離れるのを待って絶対に近付いてくる。


 だから、移動手段の心配はしていなかった。


 それからジェイクは担架に乗せられ、下船の準備が進められたが、船を降りる段階になってようやく彼が口を開いた。

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