第4話

『私の見たもの』


 私には、何故か時々奇妙な事が身に起こる。崖から転落、海で溺れる、空からの降下に奇跡的に助かる、など一度だけでなく、二度も三度も起こるのだ。


 普通に考えれば、不気味、縁起が悪い、どことなくうすら恐ろしいと思う。だけど、私はその状況にある時、何も怖いと思わない。冷静に目の前に見えるものを見ている。



 街中にある公園。大きな池の周りが散歩の遊歩道になっている。その池の一周は、自転車で30分、歩いて1時間以上はかかる。


 池の西岸は原生林の山、対岸は住宅街になっている。池には時々、魚が跳ねる。原生林には木々に蔦が生い茂り、小鳥達が可愛らしい声を聴かせてくれる。


 心地よい散歩コース。車の駐車場は、公園の住宅街側と、西岸の原生林の中にある階段を上がっていった、山の上の開けた土地にもある。


 私は、いつも住宅街側の駐車場に車を停めて、歩いて池を一周する。時々、原生林の中にある階段から人が降りてくるのを見かけて、この上はどうなっているのかな、と思いつつ原生林を見ながら歩くのが好きだ。


 公園は昼間は明るいが、原生林側は池のそばの木々と遊歩道を挟んだ原生林の木々が、遥か高く枝を重なり合わせて日陰を作り、夕方には薄暗くなる。所どころに街灯があり、監視カメラがついている。


 私は車を駐車場に停めて、いつもは左周りに池を一周歩く。たまには気分を変えようと、車から降りて右周りに歩いていくと、いつもは左側に見える原生林が、その日は右側に見える。


 季節は初夏、新緑が美しく原生林の木々には蔦が絡まり、大きな紫色のアサガオのような花が山の崖を一面のカーテンのように覆っていた。


 この紫のアサガオは下から上に生えているのか、それとも上から下にむかって生えているのだろうか。


 探検する気分で、原生林の階段を上がって行った。石の階段を息が上がりながら歩いて登っていくと、開けた土地に出た。アスファルト舗装もされていない空き地を駐車場にしていた。


 その山の切り開かれた空き地は、なだらかに更に山となっていて原生林が続いていた。その山側に車が何台か停まっていた。


 私は空き地の中を歩き、原生林の木々の方向へあの紫のアサガオを探した。


 その空き地の木々の隙間からの眺めは、眼下に池が見渡せて、その先の街並みも遠く続いて見えた。


 私はその眺めを見渡そうと木々の根元に近づくと、木々の根元に蔦が生い茂り枯れ葉が山積みに積もっていた。突然大地が抜けて私は蔦をブチブチ切りながら落ちて行った。大地だと思っていたところが、蔦の上に枯れ葉が山積みになっていて、山の終わりが見えていなかったのだ。私はその崖から落ちていった。


 両腕を顔の前に交差させ、額に手の甲を重ねて置き、木々の枝えだに絡みついている蔦を体全体で切りながら落下して、蔦から出て一瞬大地が見えた瞬間着地した。


 そこまでの記憶はある。


 その先の記憶。私は落下したはずなのに、さっきのひらけた土地の空き地の木々のさらに上にいて、カラスが2羽、木々の枝にとまっていた。


 カラスは私の顔を見ている。

 私もカラスの顔をまじまじと見る。


 視界に見える周りの原生林の木々の先の、さらに先は空。ここは?なんだろう、と思っていると、私は目の前の土に気がついた。


 誰かが、「呼吸していない!」と大きな声で携帯で話していた。私が起き上がると、その人は携帯を耳から離して驚いて呆然と立っていた。


 その人は警察に通報してくれていた。それからすぐに2人の警官が来てくれた。私は上の空き地の駐車場から落下した事を話した。かすり傷一つもなく、歩いて警官と落下地点を確認しに空き地の駐車場へ行った。


 その時、さっきのカラスが私のすぐ頭上に飛んできた。二羽のカラス。しっかりとした顔立ち。1羽は丸顔。もう1羽はまるで鷹のような精悍な鋭い目をしていた。


 私の肩にとまる勢いで、でも二羽のカラスは空中に飛んでいた。しばらく近くに飛んでいて、私が「もういいよ、ありがとう」と言うとまた木々の枝へと飛んでいった。


 警官と落下した付近をあまり近付かないようにしながら、1ヶ所枯れ葉や蔦が切れて大きく空中になっている場所を確認して、「ここですね、お一人だったのですね。事件性はないですね。」と話し一応の連絡先を教えた。私はかすり傷一つもなく、痛みもなく歩いて駐車場まで戻り帰った。


 翌日、警察から電話が着て、公園の監視カメラを確認して、私が落下してきたところが映っていた。


 私は両手を顔の前に重ねて、うつ伏せの状態で腕から一気に落ちて、その反動で体が大きく跳ね上がり、まるで金の鯱シャチホコのように、頭は大地に足は両足を揃えて大きく跳ね上がっていた。


 警官が、落ちてきた速度と着地した体の角度から、高さ22メートルから落下した、と教えてくれた。


 「あの場所は車を1台づつ停める区分が山側にあるから、あんまり崖っぷちまで行く人はいないから」と言って、「よく無事でしたね」と心配してくれた。


 「普通は大怪我をするか、命が危なかったかもしれないよ」「はい、気をつけます」


 交番を出て車に乗って、しばらくぼんやり考えた。そんなに高い所だったんだ。蔦を切って落下していく記憶、着地の瞬間、木々の枝の二羽のカラス。


 私は落下から着地して、一瞬、魂が上空へと上がりカラスに会って、また再び自分の体に戻ったのだろう。


 あの時、カラスが居てくれて良かった。上空へ飛んで意識がさらに上へ上へといこうとした時に、カラスがいて目が合って意識がそこに留まった。


 警官と駐車場へ行った時、カラスは私を心配して頭上に来てくれたのだ。


 私の見た二羽のカラスたち、ありがとう。


 そして、季節が新緑の頃で助かった。もし蔦の枯れる頃なら、落下中に何も引っ掛かりもなく、そのまま落ちてしまったかもしれない。


 私はこうして、九死に一生を得た。


 崖から落下して、それはうすら恐ろしく縁起が悪いが、かすり傷一つもなく助かった。まるで、神社のおみくじの大凶と大安のようだ。


 私はこういう星のもとに生まれたのだろうか。出来れば、普通に生きたい。


 蘇生。


 その経験の現象のその先の世界は、本当にゆくときに見ればいい。私は今まで、こういうことを人には言わないできた。その現象が主体となるべきではない。人の生の中の一瞬に過ぎないのだ。その一瞬に主体をおいて生きることは出来ない。


 私は一人では、今までにこんなにも何回も蘇生は出来なかったと思う。自然の中にあって生存している私の中に神佛からのご意志が常にそばにあると感じる。

 

 そこに神佛の教えが見いだされる。

 

 そのご意志を授かって生きている。

 

 神佛と自然の冥慮に私は感謝する。


 私は伝えたい。こうして生きてきたことを伝えたい。遠く世界の青の遥かにいる人へ、日本の空の遥かにあまねく日の光を見上げる人へ、伝えたい。

 

 私は記憶の中の時の川の流れの中に今辿り着いた。

そして、その辿り着いた川岸に降り立ち見ていると、木の船に立ち乗り、ゆっくりとその流れの中に来る人を見た。


 またどこかで会える機会に。

 遥かにその時の流れに想いを馳せて。










 




 


 


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九死に一生を得る かおりさん @kaorisan

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