第2話

「海の明かり」


 海の湾内の少し奥まった入り江に、出島のような街がある。街の端から端まで数10分で歩いて行くことが出来る。そして街の端には船の係留場があり、その入り江に何十艇もの漁船が係留されている。波はほとんど無く、海面は優しくゆらゆら揺れていた。


 宿泊している旅館には、ロビーに大きな生け簀(いけす)がある。鯛や、他に名前は知らない何種類もの魚が泳いでいる。近くでまじまじと見ると、魚の顔はそれぞれに違う。貫禄のあるおじさん顔、まだ若い顔ね、あっ!この子は人懐っこい、近寄ってくる魚もいる。 


 後で食事の料理に出てくるのかな、と思うと一匹づつに、ありがとう、ありがとう、と目で追いながらも食べる時は何も思い出さない。お刺身が新鮮だね、など言いながら舌鼓を打ちお酒もすすむ。


 夕食後に、少し散歩に行こう、と数人で外へ出た。お酒を飲んだ後でもあり、悪ふざけをする友人が、船の係留場で1人の友人を海へ突き落とした。そして、海の中に落ちた友人が手を伸ばし、引き揚げようとする友人を海の中へ引っ張り込む。


 そんなやりとりの中に、私も海中へ飛んだ。素潜りをしようと誰かが言い出し、私も後に続いた。波もない海の中、岸の道の街灯しか灯りはなく、魚は一匹も見えない。


 もう少し、もう少し、と潜っていくと、突然海の中が明るくなった。私は誰かがライトを付けたのかな、と思い明るくなった海中を見ていた。


 気がつくと、私は道のアスファルトの上に寝ていた。心臓マッサージをされていて、えっ?何、と胸を押されている。1人は私の横に座り込んでいた。口から水が出てくるのが分かる。眠い中を起き上がるように上半身を起こした。また水が口から出てきた。


 携帯電話を耳に押し当てていた友人が、誰かと話している。「えぇ、はい、今、目覚めて起き上がりました。」「まだ動くな!静かに座ってろ!」そう言われて道の丸い水溜まりの跡を見ていた。これ、私がさっき吐き出した水だ。


 私が海中で浮かんでいたと、私の横に座り込んでいた友人が言った。私は溺れたのだ。口から出てきたのは、息が続かなくなった後に飲んだ海水だった。その味も分からない。ペットボトルの水を買ってきてくれて、飲んでは吐き出し、飲んでは吐き出した。


 あの明かりを見ながら私は意識を失っなったのか。


 私が「さっき誰か海の中でライトを付けたでしょ?」と聞くと誰も付けていなかった。あの明かりは何だったのだろう。


 心肺停止していた時間が短かったので、体は何ともなく救急車は断って歩いて旅館に帰った。ずぶ濡れの私達を見て旅館の人が心配して、近くの内科へ連れて行ってくれた。念のためレントゲンを撮り、何もなく薬を貰って帰った。


 溺れたのは二度目だった。一度目はフィットネスジムのプール。そのプールは第1コースは足が着くが、第2コースから段々深くなっていく。1番深いコースは潜って見ても底が見えないくらい深かった。


 ある時、プールに他に誰もいなくて、私は第1コースから真横に横断して泳いでみようと、貸し切り気分を味わおうとした。そして、コースを区切る浮き輪チェーンを躱(かわ)そうと潜水して泳いで溺れたのだ。


 その時も、気がつくとプールサイドに横になっていて、心臓マッサージを受けていた。目を覚ますと、とてもひどくプールの水を吐き出した。その時は大量な水をこれでもかと吐いて苦しかった。


 係の人が、胃の洗浄になるからと、ペットボトルの水を何本も飲んで吐き出した。医務室で抗生物質の薬を貰って飲んだが、次の日お腹が少し痛くなった。


 私は海でもプールでも、心肺停止から蘇生して、九死に一生を得た。


 海の中の明かりだけが今も何だったのか分からない。もし海の中で明るく見え始めたら、すぐに浮上した方が良い。その明かりの中へ行ってはいけない。

 

 その先は、きっと海の神様の世界。


 

 


 



 

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