九死に一生を得る
かおりさん
第1話
「松の木」
私の好きな言葉は、回避。九死に一生を得るとは、危ないところだったが助かること。それは何か大層な話のように聞こえる。出来れば避けたい状況だ。だから回避が丁度よい。
私が子供の頃、お城見物に行ったことがある。武士の時代のお城。わりと街中にあり、駐車場に車を停めて、城は少し小高い山の上にあった。その城は後世に建て替えられた城だが、城の礎は当時のままの石垣だった。
駐車場から城への道は、舗装された緩やかな坂道になっている。駐車場は山を削られて平らにした土地にあって、城へとその坂を登り歩いて行く。
坂道を上がって行くと、左側は徐々に崖となって柵があり、右側は山の中腹に少しひらけた土地があり、ベンチや自動販売機が置いてあり、周りには桜の木が植えられている。春にはお城のお花見へと、人々はそぞろ歩きを楽しむ。
左側の崖の柵の辺りにも、原生林の中に桜の木が植えられている。崖の下にある駐車場から見ても、春のその頃は見事で、坂道を歩いて行くのは子供心にも心が浮き立つ。
その坂道の途中、駐車場から20メールくらいの高さの所に松の木が崖側に横に倒れていて、木の根が土から盛り上がり出ていた。崖と言っても柵から1メートル以上は山の土があり、崖の壁面はコンクリートで補強されている。松の木は周囲が1メートル以上はあり、根もしっかりと太く地中に深く食い込み根付いていた。
私は柵と柵の間から少し山の崖側に出て、横に倒れている松の木の上に乗ってスタスタと歩いて遊んでいた。もう1人子供が乗ってきて歩いてきたが、引き返して柵の所まで戻った瞬間、地滑りが起きて松の木がほぼ真横になりそのまま落下した。私はその上に立ったまま落ちていった。
落下している間に私は数歩、その木の上を前方に歩いた。木は落下中ずっと水平を保ち、私は一瞬空を見上げた。そして、その木を思いっきり蹴って左へ飛んだ。私がまだ空中を飛んでいる横で松の木が、ドズーンとけたたましい音を立てて駐車場にバウンドした。
私はその数秒後、駐車場に着地した。右足の靴が脱げていた。そのまま動かず立っていると、大人達が走り駆け寄って来た。
私は脱げた靴を履いて、歩いてみて何ともなかった。かすり傷一つもなかった。あれは、九死に一生を得た、というのだろうか。もう1人の子供は落下を回避したのだ。
私はそれ以来、崖は信じない。近寄らない。崖崩れはいつ起こるか分からない。
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