第40話 変わらないなー。大事にしてね。

 休日。私たちが訪れたのはショッピングセンターだった。

 到着早々の、フルーツジュースの専門店での小休止を終え、訪れたのは服屋さん。女性ものの落ち着いた感じの服を扱っているお店なのだが、夏物として恵理さんのラフ目な服、という基準を満たすものも置いてあるようで。


「うんうん。カスミちゃん、思った通り良いね! あぁ、足綺麗、生足。ひゃっほー」

「恵理さん。お店の中です。お静かに」

「じゅるっ。おっと失礼、涎が……いやー選び甲斐があるねぇ。最高だねぇ」


 ジーンズ生地のショートパンツに白いパーカー。……あまり違和感はない。


「次はこれ」


 サスペンダー付きの黒いショートパンツに白いブラウス。


「良いね!」

「? なんで白を基調にするのですか?」

「センパイに近い感じにしようかなと」

「はぁ」


 ……服だけでこんなに鏡に映る自分の印象、変わるんだ。なんかこう。


「私ってこんな格好もできるのですね」

「女の子は磨き方次第でどこまでも輝ける!」

「あはは」


 恵理さんの提案に乗って良かったと思う。足が少し心細いけど、それよりも高鳴る心臓が教えてくれる。新しい扉を開いたかもしれないと。


「買います……全部!」

「おぉ」


 即会計。決断したら即行動。後悔する前に。選んでからの失敗の後悔は、私の糧になるのだから。だから私は、迷わない。




 「……少し大胆だったでしょうか」

「いやいや。私達高校生になったんだから、多少攻めても良いじゃないの」


 水着を買った。恵理さんが、これが良い。絶対これ。間違いなくこれ。そんな全力の太鼓判に押し切られた感じだけど。


「お昼、何にします? 誕プレ選ぶ前に一息入れたいです」

「良いね。うんうん。気合い入れ直したいよね。んー。何にしようかな。……って、良いの?」

「何がですか?」

「カスミちゃん、いつもお弁当持って来てたじゃん。お家の人が持たせてくれましたって」

「今日は遠慮申し上げました」

「そ、そっか。正直好きだったけどな。公園でブルーシート広げて、一緒にお弁当食べるの……そうだ、テイクアウトしよう」

「テイク、アウト……お持ち帰りで、って奴ですね!」

「ですです! だよっ。さぁ、何が食べたい! お姉さんに言ってみなさい!」

「……恵理さん、私より背は低いですよね」

「そこに拘る時点でお姉さんは無理だねぇ。お姉さんに必要な要素は包容力だよ~」

「んなっ」


 た、確かに……身体的な成長度合いではない。年上とは、精神的な成熟性……。


「一本取られました」

「そういうところ素直なカスミちゃん、好きよ」

「……どれにしましょう」

「ふふっ」


 ハンバーガー、ドーナツ、フライドチキン、ベーカリー……。


「うっ」

「カスミちゃん?」

「すいません。目移りしてたらクラっと……どれも美味しそうですぅ」

「蕩けてる。カスミちゃん、蕩けちゃってるよ!」

「はっ……そうですね。では……」


 おにぎり専門店なるものがある。その名の通り、おにぎりを専門に扱っているお店だ。噂でしか聞いたことはない。だが、このショッピングセンターに出店していると聞いているのだが。


「……これが」

「本当におにぎりが」


 ショーケースの中にずらりと並んだおにぎりたち。店の奥ではせっせとおにぎりを握っている料理人の姿。


「身近なものでも、突き詰めると凄いんだね」

「ですね……どれにしましょう……」


 おにぎりの基本、塩むすび。多分代表の梅干し。対抗の鮭。ちょっと大人に明太子。意外と美味しいツナマヨ。食感楽しい高菜も捨てがたい。


「ほわぁ。すいません。えっと、塩むすびと、梅干しとしゃけと、おかかと、高菜と明太子とツナマヨと焼きおにぎりとおかかと煮卵おにぎりお願いします。ほわぁ」

「あたしはそうだねぇ。ん? カスミちゃん、今何個頼んだ?」

「十個ですよ」

「……あたしと半分ずつ食べようか?」

「良いんですか? 食べきれるか不安だったので、嬉しいです。恵理さんも優しいですね」

「も?」

「先輩も、私が迷ってると、そのようにしてくれます。それで、一口ずつ交換して」

「あは、なるほど」


 『お兄ちゃん気質か。変わらないなー』と何やら納得したように恵理さんは独り言つ。


「じゃあ、半分ずつ食べようね」

「はい!」

 



 「はぁ、お腹いっぱい」

「そうですね。パンパンです。あっ、アイス食べませんか? デザートに」

「……パンパン?」


 何故か首を傾げる恵理さんを横目に、先程まで味わったおにぎりを、固めに炊かれたお米、具材も大きく、海苔も風味が豊かで。後巻きのノリはパリパリで。そんな素晴らしかった味と食感を思い出す。


「本当に美味しかったです……アイスは、イチゴがよろしいですかね。恵理さんは?」

「あ、あはは……あたしは……チョ、チョコミントかな……カップで。コーンはいいや。めっちゃ食べるなこの子」 


 先輩へのプレゼント、何にしよう。先輩は今、何が必要なのかな。

 濃厚ながらも爽やかな甘みを口の中で蕩かしながら考える。先輩は……。


「恵理さん? どうかなされましたか」

「んーんー。あたしもそんな風に、誰かのことを思える日が来るのかなーって」

「恵理さん?」


 まただ。また、恵理さんから、影を感じる。


「……ねぇ、カスミちゃん……香澄ちゃん」

「はい」

「コーセイ君……センパイのこと、大事にしてね」

「? はい。勿論です。先輩にはしっかりと真人間への道を歩んでもらいます」

「ふふっ。あはは。そうだったね、カスミちゃんは」


 鈴を転がすような軽やかな笑い声が、微かに木霊した。

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