第39話 先輩の近く、安心するかもしれません。
双葉香澄のことを俺は。と考えてみる。
正直、現状を良いと考えていない。双葉さんがこれ以上俺に時間を割くようなら、それは止めなければいけない。
ゼロにするのは無理だろう。それをするには俺も双葉さんも近づき過ぎた。どちらにせよバイト先は同じだし、関係をリセットするための納得のできる理由は提示できない。それに俺自身、双葉さんのことをかなり好ましく思っている。関係を断つことに対して寂しく思う気持ちもある。
だから、今膝の上で安らかに眠る双葉さんのことを、香澄のことを。
『本気で双葉さんのことを思うなら』
……最近、浮かれ気味だったかもしれない。
俺のことを評価する俺が言う。
『お前はできることが人より少し多いだけの、ただの高校生だ。お前が双葉さんのことを責任取れるのか?』
今まで、俺を疎ましく思う奴らからの敵意と戦い続けた。味方なんていなかった。
中学辺りから酷くなったなとぼんやりと思い出す。小学校のテストはちゃんと勉強すれば百点を取れるように設計されている。中学校の一年の後半あたりからだったなと。小学校の時と同じノリで満点を取っていたものだ。けれどそれがおかしかったらしい。
『一人で戦い続けたお前が、周りの誰かを守りながら戦えるのか?』
そうだ。誰かを守りながら戦うのは、難しいことだ。
『双葉さんがこれ以上お前に近付けば、矛先がどうなるか、簡単に想像できるだろ』
そうだ。そして、正義感が強いこの子が、それに対してどう出るか、明白だ。
純粋な強い正義感。折れるまで、いや、折れたとしてもこの子は。
俺は慣れている。でも。
そう。人の悪意や敵意に晒されるのは、慣れても辛いものがある。
「油断しきった顔しやがって」
……俺は、俺の立場を弁えなければいけない。この子の平穏な日常を、乱してはいけない。だから。
「おい……いや、はぁ」
今は良い。起こすほどの理由もない。寝かせておこう。
どうしたら伝えられるかを考える。伝え方を考えるなんて初めてだ。いつだってそのままちゃんと整理して直接伝えれば良いといつも考えていた。
「ということがありまして」
「なるほど……狙ってやったわけではなくて」
「ね、狙うわけないじゃないですか!」
恵理さんは目の前でストローでジュースを吸い上げて。
「えー、凄いファインプレーじゃん。狙ってないんだ」
今日は恵理さんと水着と私のラフな服を買いに来た。それと、先輩の誕プレ。
「それで、起きてからどうなったの?」
「あぁ……」
どうしてか凄くよく眠れて、すんなりを目が開いた。頭がすっきしりした気がする。けれど。
「あぁ。起きたか」
目を開けてすぐ、先輩と目が合って。
「あえ……えっ。ほわっ、す、すいません」
「謝る程のことでもない。早起きしたのだろう」
「いえ……その……いつも学校に行くのと同じくらいに、起きましたけど」
「それでも、家を出る時間はいつもより早かったはずだ。電車はいつも七時二十分発のものに乗る。君の家から駅までの距離を考えればもう少しゆっくり準備するだろう。本調子なわけが無い」
「うっ……」
先輩の指摘に言葉を詰まらせる。大当たりだ。朝ご飯はいつもより手早く、少なめに済ませたし。いつもより慌ただしく出発した。
「……明日からは八時にします」
「それで良い。別にラジオ体操するわけでもあるまい」
「はい」
変なテンションで決めたことに振り回されて躓くとは。……不甲斐ない。
「それじゃあ、コーヒー淹れるから、とりあえず続き、読んでくれ」
「はい!」
それから先輩と小学生でもわかるレベルを目指そうという方針を決めて、二人で出勤。
「それで、あたしと合流したんだよね」
「はい。恵理さん、覚えるのが早くて助かりました」
「ふむふむ……よく眠れたんだ。……よく眠れたんだー。へぇー」
「な、何ですか?」
「そんなに寝心地良かった? 膝枕」
「え、えと……どうしてか、安心したと言いますか、落ち着いたと言いますか。はい」
「そっかそっかー」
恵理さんはクスクスと笑って。
「今日も行ったの?」
「えぇ。しっかり起こして朝ご飯を口にツッコんできましたよ」
「あはっ、警戒心の高い猫みたいなカスミちゃんがねぇ。ここまで入れ込むとはねぇ」
「ね、猫ですか……」
ニタニタと笑う恵理さん。
「やっぱ告っちゃえ」
「またその話ですか」
「保留にしてるだけで終わってないよー。ワハハ」
「はぁ……つまり、恵理さんが先輩を恋人にする可能性が」
「消えてないよーわっはっはっ」
カランと氷が鳴る。
「はぁ。行きましょう」
「だねー」
水着と私服と先輩への誕生日プレゼント。今日一日は忙しいのだ。
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