第41話 先輩、急になんですか!

 「何が良いかなぁ」


 恵理さんも決めかねてるようで、雑貨屋をはしごしては二人で首をひねる。お洒落な何かしらの小物。うーん。


「あまり高いもの渡しても。先輩が喜びそうなもの。そもそも同年代とはどのような誕生日プレゼントを送り合うものなのでしょう」

「お菓子とかかなぁ。カスミちゃんの言う通りなんだよ。今度は私やカスミちゃんの誕生日の時は、これくらいのくださいな、って取られちゃうから、意味合い的に」

「そうですよね……」


 何だかんだ律儀な時は律儀な先輩だ。何なら若干私たちが贈ったものよりも良い物を選んでくるだろう。

 ……ふむぅ。


「先輩は今まで、どんなものを貰って来たのでしょう」

「んー……栞とかかなぁ。使ってないみたいだけど」

「栞、ですか」


 栞……確かに先輩は暇さえあれば本を読んでいるような人だ。贈り物としてピッタリだろ。

 栞。うん。普段使いできるちょっと便利なものは、私も嬉しい。


「うーん。あっ」


 そうだ。よし……。


「おっ、決まった?」

「はい。……恵理さんは?」

「ん……なんか決まらないから、適当なお菓子にするよ」

「そ、そうですか」


 恵理さんはそう言って仄かに笑う。

 どれにしよう……これにしよう。先輩と言えば、黒だ。

 会計を済ませた私に、いつの間に買ってきたのか、恵理さんは買い物袋を揺らして見せる。


「頑張れ」

「え、あ、はい」

「……帰ろっか」

「はい、今日はありがとうございました。楽しかったです」

「ノンノンノン、お出かけは帰るまでがお出かけ、だよっ!」

「そうでしたね」


 楽しかったな……ギュッと握りしめた買い物袋がカサっと音を立てる。


「ニヒッ。いっそ、夕飯も一緒に食べちゃう?」

「良いですね」


 先輩と一緒に行ったラーメン屋さん、恵理さんも知っていたようで、迷うことなく先輩が食べた辛味噌ラーメンを選んだ。私も同じものを選んだ。


「センパイとの思い出のお店を選ぶとは、やるねぇ、他の女への牽制に効果的だよ」

「そんなこと、考えてませんよ」


 何が牽制だ。

 楽しかった思い出を抱えて返って、その温もりで眠る。

 明日は学校に行くことになった。理事長から、メールが届いた。




 メールが届いた。理事長からだ。

 今週末、理事長が経営している施設の子どもたちが山でキャンプする。その講師の手伝いとして来て欲しいというもの。香澄にも同じメールが届いていることだろう。

 夏休みの宿題が免除されている分、余裕がある。断る理由もない。了承の旨を書いたメールを返すと、次の日。詳しい説明のために俺と香澄は学校を訪れることになった。

 扉を開けると、制服をしっかりと着込んだ香澄が、姿勢を正して立っていた。


「おはようございます。先輩」

「おはようさん」


 今日も香澄は呼び鈴を鳴らしたのだ。


「先輩はさっさと身支度を整えて来てください」


 だが、正直な話、自分のことをしている間に誰かが自分のために諸々準備してくれているって、凄く居心地が悪い。申し訳なくなるのだ。

 それに、香澄とは少し距離を広げ直さなきゃいけないんだ。いつまでも甘えて居られない。今の関係に甘んじてはいけない。


「朝ご飯は良いから。コーヒー淹れるからゆっくりしてろよ」

「私はやると決めたことはやります。それは先輩もでしょう」


 手早くエプロンを付け、香澄はキッチンに立ちお湯を沸かし始める。


「だが……」

「先輩、朝ご飯は食べなければなりません。さぁ、おにぎりを作って来ました。昨日食べたおにぎり屋さんを参考にしました」

「君の手を煩わせてまで」

「別に面倒に思ってません。何ですか急に。くどくどと」

「いや……その……」


 くそっ。端的に直接的に俺の考えを伝えれば良いだけだろ。何を躊躇う。

 香澄を傷つけないようにとか考えているのか。俺は。だとしたら猶更言わなきゃ駄目だろう。これから香澄は俺のせいで傷つくことになるかもしれないんだ。

 香澄が離れれば恵理も離れる。恵理を離したところで香澄がどう出るかわからない。だから、香澄に言わなきゃ駄目なんだ。

 何も言えなくなる俺に、香澄は不思議そうな眼を向けた。コンロの火を止め近づいてきて、済んだ瞳で見上げてくる。やめてくれ。

「先輩らしくないですね。どうしたんですか?」

 首を傾げる香澄を、直視できない。


「私のこと、……やっぱり、嫌いですか。鬱陶しいですか」

「そんなことはない!」

「なら、どうして……」


 か細い声、弱々しい。縋るように手首を掴んだ手は、ひんやりと柔らかくて。心臓も一緒にキュッと掴まれた気がして。

 やっぱり俺は、この子を傷つけたくない。それだけが、確かな確信だ。


「……考えをまとめてから話す」

「わかりました」


 くそっ。いつから俺は、こんな甘えた結論を出すようになった。

 洗面台の前、寝癖の付いた髪を押さえつける。普段は働き者の頭が使い物にならなくて。

 ……一人は気楽だ。

 思い出す。笑ってくれる人が隣にいる感触。隣で笑っていてくれる人がいる時の、温かさ。

 冷えろ。忘れるな。思い出せ。俺は。誰かと一緒にいて良い奴じゃないんだ。


『助けられることは、弱いことですか?』


 違う。でもそれが、巻き込んで良い理由にならないだろ。

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